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海外情報 畜産の情報 2020年4月号

統合が進む米国酪農産業と乳価制度改革

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調査情報部 野田 圭介

【要約】

 米国の酪農産業で統合が進展する中、2015年以降の乳価は低水準で推移し、酪農の収益性は悪化した。この過程で酪農家戸数の減少は加速し、特に、かつて酪農の中心地であったウィスコンシン州では小規模酪農家戸数が激減している。こうした状況に対し、政府は酪農セーフティネット制度を拡充するなどした一方、個々の生産者も粗収益向上のためのさまざまな取り組みを行ってきた。しかし、ウィスコンシン州の酪農産業が大きな打撃を受けている背景には、長らく見直されていない乳価制度(FMMO制度)が影を落としているとの見方もある。こうした中、2019年には乳価上昇を受けて酪農の収益性が改善したが、ウィスコンシン州の酪農家戸数は依然として減少傾向で推移しており、生産者団体からはFMMO制度の見直しを求める声があがっている。

1 はじめに

 米国では2000年以降、乳用経産牛飼養頭数が小幅な増減を繰り返す一方、1頭当たり乳量は増加傾向で推移したため、生乳生産量は増加の一途をたどっている(図1)。こうして生産された生乳の約半分はチーズに仕向けられるが、米国の食卓に欠かすことのできないチーズの消費量は、ピザやテクス・メクス料理(注1) などの消費拡大に伴って今日でも増加傾向にある(図2)。しかしながら、全米のチーズの2割を生産しているウィスコンシン州の酪農経営は必ずしも好調ではない。むしろ同州では近年、酪農家戸数の減少が続いており、特に戸数が激減した2019年には、業界紙だけでなく一般紙でも同州の「酪農危機」が盛んに報じられた。この背景には、実際の乳製品需給情勢と乖離かいりしているとの声もある乳価制度の下、同州の酪農経済がますます乳製品貿易情勢などの影響を受けるようになっている現状がある。
 


 
 本稿では、2019年11月に実施した現地調査の結果も踏まえ、ウィスコンシン州の酪農経営をめぐる情勢を報告するとともに、全米最大の農業生産者団体であるアメリカン・ファーム・ビューロー・フェデレーション(AFBF)を中心に進められている連邦生乳マーケティング・オーダー(FMMO)制度改革の現状を紹介する。なお、本稿中の為替レートは、1米ドル=110円(2020年2月末日TTSレート:110.43円)を利用した。
(注1) タコスやナチョス、チリコンケソに代表されるメキシコ風の米国料理。多くの場合、チーズかふんだんに使用されている。

2 米国の酪農生産の概況

(1)主要生産地域と規模拡大状況

 全米各地で酪農が営まれている米国の中でも、五大湖周辺とカリフォルニア州の主要2地域では、とりわけ多くの乳用経産牛が飼養されている(図3)。しかし、両地域における酪農の様子は歴史的背景や地理的条件から大きく異なっている。それは経営体の規模にも表れており、ウィスコンシン州やニューヨーク州などの伝統的酪農地帯では乳用経産牛飼養頭数100頭未満の経営体が過半を占める一方、広大な土地や地下水を利用した酪農が盛んなカリフォルニア州では500頭以上の経営体が過半を占めている(表1)。
 
 


 
 
 このように米国では各地でさまざまな規模の経営体が生乳を生産しているが、酪農家戸数は一貫して減少傾向にある。米国農務省(USDA)によると、2019年の酪農家戸数は10年前と比べ37.8%少ない3万4187戸であった。しかし、乳用経産牛飼養頭数は2010年以降、微増傾向で推移していることから、1戸当たり乳用経産牛飼養頭数は増加傾向で推移している(図4)。

 
 このような動向は、5年に一度実施される米国農業センサスにも表れている。例えば、乳用経産牛飼養頭数100頭未満の区分の飼養シェアは、2007年時点では21.0%(1〜49頭:7.2%、50〜99頭:13.8%)であったが、2017年では12.6%(1〜49頭:4.0%、50〜99頭:8.6%)にまで減少している(図5)。


 
 また、2017年は、戸数では1.3%に過ぎない飼養頭数2500頭以上の超大規模農場によって、3分の1強の乳用経産牛が飼養されるようになっている(図6)。このように、2007年から2017年の10年間で、米国の酪農産業では大規模経営の存在感が大きくなったことが分かる。

 

(2)激減するウィスコンシン州の小規模経営体

 大規模経営体が存在感を増す中、酪農家戸数の推移を州別にみると、最も大きく減少しているウィスコンシン州では直近10年間で41.4%、数にして5450戸が酪農業から引退した(図7)。同州の減少ペースは2018年以降加速しており、2019年には前年の1割に当たる780戸が失われた。「America’s Dairy Land」として親しまれ、長らく最大生乳生産州の座を保持した同州で1日当たり2戸が酪農を廃業・離農したという事実は、業界関係者をはじめ米国民に大きな衝撃を与えている。

 
 センサス結果を基に2007〜2017年の同州の規模別酪農家戸数の推移をみると、乳用経産牛飼養頭数100頭未満の区分では戸数の減少が著しい一方、同200頭以上の区分は戸数が増加している。このように、ウィスコンシン州においても大規模経営が存在感を増し、小規模経営体は廃業・離農が進んでいることが分かる(図8)。
 
 

3 近年の全米平均総合乳価の推移

 ウィスコンシン州をはじめとする米国の酪農家戸数の減少トレンドは、さまざまな理由が複合的に作用した結果であるとみられるが、なかでも近年の乳価安に伴う酪農収益の減少は大きなインパクトを与えたと考えられる。全米平均総合乳価は2014年、国内外の乳製品需要増を受けて生乳100ポンド(45.36キログラム)当たり24米ドル(1キログラム当たり58円)に達したが、その後は、主要国の生乳供給量および乳製品輸出量が増加したことに加え、ロシアの欧米産農畜産物に対する禁輸措置(注2)や、中国の輸入需要の減少などの影響を受け、乳製品の国際相場が低下したことに伴って乳価は落ち込んだ(図9)。このため2018年までは同20米ドル(同49円)を下回る水準が続き、全米各地で乳価安に伴う収益性の悪化が顕在化することとなった。

 
 こうした状況の中、ウィスコンシン州の平均総合乳価も低調に推移していたが、同州で多く見られる小規模経営体にとって、乳価の低迷が経営に与えた影響はとくに大きかった可能性がある。
(注2)  ロシアの欧米産農畜産物の禁輸措置については、「ロシアの畜産物の需給動向〜欧米産農畜産物などの禁輸措置の影響を中心に〜」(https://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2017/may/wrepo01.htm)(「畜産の情報」2017年5月号)を参照されたい。

 一般的に、飼養頭数を増加させるとスケールメリットにより、生産コストの大半を占める飼料のコスト効率が向上する。言い換えれば、飼養頭数が少ない経営体はコスト効率および競争力という点で大規模経営に劣る傾向にある(図10)。このため、2015年以降の乳価低迷期は、小規模経営体にとって厳しい時期であったと考えらえる。

 
 さらに、同州の乳価水準は後述するように、米国の中でも最も低い傾向にあるだけでなく、昨今の貿易紛争の影響を大きく受けることとなった。これには、FMMO制度における乳価算定構造や、チーズ需給の情勢変化が関係しているとみられる。

4 FMMO制度とウィスコンシン州の乳価動向

(1)FMMO制度の概要

 1930年代に導入されたFMMO制度は今日、主要生乳生産エリアを含む11(注3)のオーダー地域内で取引される生乳について、用途別の最低取引乳価を設定するとともに、生乳取扱業者(乳業メーカーや酪農協)に対して酪農家へのそれら用途別乳価を加重平均した乳価(プール乳価)での支払いを義務付けている(図11)。
(注3) 2018年にカリフォルニア州が加入したことで11となった。これにより全オーダーの生乳生産量は全米の8割以上をカバーするとみられている。


 同制度のもと、生乳は用途に応じて四つのクラスに区分され、各クラスの最低取引乳価は、USDAが製品価格(後述)を用いた公式に基づいて毎月算定・公表している(表2)。ただし、クラスU〜Wは全地域で同一価格である一方、クラスTについては全地域統一の「クラスT基準価格」に、郡単位に設定される「クラスT差額」が上乗せされることで決定する。

 
 この「クラスT差額」は、『各地域に十分な飲用乳の供給を保証する』という目的のもと、生乳を余剰地域から不足地域に輸送するための経費を考慮したものである。したがって、ウィスコンシン州をはじめとする生乳供給過多地域からの距離が遠ければ遠いほど高くなるように定められており、例えばフロリダ州マイアミでは生乳100ポンド当たり6.0米ドル(1キログラム当たり15円)が「クラスT差額」として、「クラスT基準価格」に上乗せされる(図12)。


 このようにしてクラス別に設定される最低取引乳価を基に、生乳取扱業者と出荷者(酪農家または酪農協)は、上乗せ価格(オーバー・オーダー・プレミアム)の交渉・決定を行う。そして、生乳取扱業者は毎月、USDAがオーダー地域ごとに配置しているオーダー管理者に、生乳受入量および用途別生乳処理量を報告し、オーダー管理者はこれを取りまとめて各地域の「プール乳価」を算定する。ただし、オーバー・オーダー・プレミアムは、プール乳価に含まれない。

(2)地域によって異なるプール乳価

 プール乳価はオーダー地域によって異なっており、なかでもウィスコンシン州が含まれるUpper Midwest地域は多くの場合において最低水準となっている(図13)。これは、前述のクラスT差額の影響もあるが、各地域の用途別仕向け割合も関係している。


 2019年、FMMO制度の全オーダー地域で集乳された生乳は、28%がクラスT、11%がクラスU、41%がクラスV、19%がクラスWに仕向けられた。しかし、地域によって仕向け割合は大きく異なっており、生乳生産量が少ない割に人口が多く、飲用乳需要が高いFlorida地域では、クラスTに仕向けられる生乳が83%と高かった(図14)。
 

 一方、Upper Midwest地域ではクラスVが84%を占め、クラスTに至っては全国で最も低い8%に過ぎない。これは同地域が全米最大のチーズ生産州であるウィスコンシン州を含んでいるためである(表3)。Dairy Farmers of Wisconsin(ウィスコンシン州酪農生産者協会)によると、同州の生乳は90%がチーズ向けに仕向けられているという(写真3、写真4)。






 ここでUpper Midwest地域のクラス別乳価の推移をみると、クラスVはクラスTを約1割程度下回る水準で推移している(図15)。すなわち、ウィスコンシン州を含む同地域の生産者が受け取る乳代は、安価なクラスV乳価の割合が高いがゆえに他地域より低くなる傾向にあり、クラスV乳価の動向によって大きく左右される構造にある。
 
 

(3)近年のクラスV乳価動向

 FMMO制度において、各クラス乳価は、USDAが「National Dairy Products Sales Report」で公表する乳製品価格に基づいて算定される。このうちクラスV乳価は、算定に当たりバターやホエイの価格も参照されるものの、主にチーズ価格に連動して推移する傾向にある(図16)。こうした中、チーズの価格は近年、複数の要因により低調に推移していた。
 (参考)クラスV乳価の算定公式は本稿末の参考資料の通り。

 
ア 輸出の停滞に伴うチーズ在庫増
 米国のチーズの輸出量および輸出比率(生産量に占める輸出量の割合)は増加傾向にあるため、国内チーズ相場およびクラスV乳価に対するチーズの輸出動向の影響は今日ますます大きくなっている(図17)。こうした中、ロシアが欧米産農畜産物に禁輸措置を施した2014年8月以降や、米ドル高に伴い競争力が減退していた2016年にはチーズ輸出が停滞した。さらに2018年以降、メキシコ・カナダ・中国との間でそれぞれ貿易紛争が生じると事態は悪化の一途を辿った。特に、同年6月以降、米国にとって最大の乳製品輸出先国であるメキシコが米国産チーズに追加関税を課すと、米国内消費の停滞にも相まって2017年ごろから積み増されていたチーズ在庫量は一層増加した。その後、在庫は過去最高水準で推移したため、チーズ価格はしばらく低迷から抜け出せないままでいた(図18)。
 


 
イ 500ポンド・バレルタイプの価格低迷
 FMMO制度におけるチーズ価格算定公式を分析すると、2017年以降のチーズ価格の低迷には生乳そのものやホエイの需給動向も影響を及ぼしていたことが分かる。クラスV乳価算定に用いられる「チーズ価格」は、“40ポンド・ブロック”タイプ(注4)と“500ポンド・バレル”タイプ(注5)といった、2種類のチェダーチーズの価格および数量を加重平均することで算出される。こうした中、2017年以降は主に次の理由により500ポンド・バレルタイプの価格が下落し、結果的にクラスV乳価への下落圧力が加わることとなった(図19)。
 
 ▶生乳生産において過剰感が漂う中、余剰生乳が500ポンド・バレル生産に仕向けられた。
 ▶米国内外でホエイ需要が増加し、500ポンド・バレル生産が増加した。
 ▶プロセスチーズの需要減に伴い、500ポンド・バレル需要が減退した。

(注4) 40ポンド・ブロック:最終的に小売用スライスチーズなどに加工される。
(注5) 500ポンド・バレル:主に粉チーズなど、二次加工に仕向けられる。

(4)制度と現実の乖離かいり

 前述のように、近年は輸出不振に伴う在庫高や、500ポンド・バレルタイプのチェダーチーズ価格が低迷していることが遠因となって、ウィスコンシン州の乳価は全米平均をも下回る低水準で推移することとなっていた(図20)。しかし、現地業界関係者の中には、FMMO制度における乳価算定方式が実際の需給情勢を正確に反映していないことに、根本的な問題があると指摘する見方もある。

 
 1937年に導入されたFMMO制度は、2000年を最後に大幅な見直しは実施されていない。一方、この20年で米国の酪農・乳業をめぐる情勢は一変した。乳製品輸出増に伴って乳価は国際相場の影響をますます受けるようになり、国内消費者の嗜好や需要も大きく変化した(図21)。

 
 特に、チーズにおける需要の変化は特筆に値する。現行のFMMO制度では、クラスV乳価の算定において「チーズ価格」として参照されるのは、数あるチーズの中でもチェダーの価格のみである。しかし、現在、米国で特に消費が堅調なのはモッツァレラであり、価格においてもモッツァレラは近年、チェダーを上回って推移している(図22、23)。
 


 
 また、米国で今日最も多く生産されているチーズもモッツァレラである(図24)。ウィスコンシン州の種類別生産量をみても、「アメリカンタイプ」の代表格であるチェダーは2001年の時点でモッツァレラに追い抜かれており、その差はおおむね拡大傾向にある(図25)。こうした状況にもかかわらず、クラスV乳価算定は、国内需要や生産量が一番大きいモッツァレラではなく、2番手のチェダーの価格動向に基づいている。



 
 さらに、FMMO制度が米国酪農乳業のイノベーションを阻害しているとの声もある。前述の通り、FMMO制度におけるクラス乳価算定ではチーズ、バター、ホエイ、脱脂粉乳の4種類の乳製品の取引価格が参照されるが、その際、これらの製造コスト相当分(市況にかかわらず固定額)は控除される(表4)。

 
 例えばクラスV乳価の場合、算定の過程で参照されるチーズ、バター、脱脂粉乳の価格からは、それぞれの製造コスト相当分が控除される。すなわち、チーズメーカーはチーズを製造する限りにおいて、これらの額が控除された乳価にて生乳を入手することができる。言い換えれば、この控除がメーカーにとって妥当な水準である限り、メーカー側に、新たなコストやリスクを負担してまで革新的な乳製品を開発しようとするインセンティブは機能しにくくなり、ひいては酪農乳業の停滞を招く可能性もある。このように、FMMO制度における乳価算定公式は、その仕組みからしてメーカーにとって有利かつ生産者が不利益を被りやすい構造にあるとの見方がある。

5 近年の乳価低迷に対する政府や生産者の取り組み

 乳価が低迷していた間、米国政府は酪農家向けのセーフティネット制度の改善・拡充に努めるとともに、一連の貿易戦争に伴う損失を補償するプログラムを実施した。他方、ウィスコンシン州の生産者はそれぞれ独自の取り組みを講じることで生き残りを模索している。

(1)政府による取り組み

ア セーフティネット制度の改善・拡充
 米国政府は2014年農業法において、かねてより不満が高かった生乳収入損失補償契約プログラム(MILC)を廃止し、酪農マージン保護プログラム(Margin Protection Program:MPP)を導入した。これは乳価と飼料コストの差額である“マージン”に着目したセーフティネット制度であり、導入当初は歓迎されたものの、その後、補てんが発動することは少なかったため、酪農業界の不満はまたしても鬱積うっせきした。これを受けて同制度はより柔軟に発動されるよう2018年に改善がなされた後、2018年農業法において酪農マージン保証プログラム(Dairy Margin Coverage:DMC)として刷新された。DMCは基本的な部分はMPPと同じ制度設計であるものの、補てんの発動要件が緩和され、既存の収入保険プログラム(LGM-Dairy)との同時加入も認められるようになるなど、セーフティネットとしての機能が改善された。他方で、AFBFは2018年、クラス乳価や成分価格を基準とした保険制度であるDRP(酪農収入保険)制度を開発し、現在は米国農務省リスク管理局(USDA/RMA)がこれを運営している。こうしたことから、今日の米国の酪農家には、DMC、LGM-Dairy、DRPという三つのセーフティネット制度が選択肢として与えられ、任意に加入することができるようになっている。
 このうちDMCの役割をみると、2019年は全米の酪農家の7割に及ぶ2万3366戸が加入し、これらの酪農家に支払われた補てん金の総額は3億1181万9469米ドル(343億円)であった。ウィスコンシン州でも8割にあたる5940戸が加入し、総額にして6935万3446米ドル(76億2900万円)、1戸当たり1万1675米ドル(128万4300円)の補てん金が支払われた。

(参考)MPP、DMCおよびLGM-Dairyの概要については、下記の記事を参照願いたい。
「米国の酪農マージン保護プログラム(MPP)の現状と今後の課題」(https://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2016/mar/wrepo01.htm)(「畜産の情報」2016年3月号)
「新農業法でMPPが変更される(米国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002377.html)(2019年1月24日alic海外情報)
「米国における酪農政策の今後の展開方向 〜乳価下落時におけるセーフティネットの効果〜」(https://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2010/jul/gravure01.htm)(「畜産の情報」2010年7月号)


イ 貿易損失補償プログラムの実施
 米国産乳製品にカナダ、メキシコ、中国の3カ国が追加関税を課していた2018年7月、USDAは一連の貿易紛争に伴う損失を補償するプログラムの実施を公表した。このうち、市場活性プログラム(Market Facilitation Program:MFP)において、酪農家への直接支払い単価は最終的に生乳100ポンド当たり0.2米ドルと定められ、支払いは2019年から2020年にかけて3回に分けて実施されている。AFBFが本年1月に公表した試算によれば、MFPにおける酪農家向け直接支払総額は3億5100万〜3億7100万米ドル(約386〜408億円)と推計され、このうちウィスコンシン州はカリフォルニア州に次いで多い4980万米ドル(54億7800万円)と見込まれている(図26)。
 

(2)生産者の取り組み

 近隣の農場・搾乳牛の買収を通じた規模拡大や、収入源の多角化など、低乳価期においてウィスコンシン州の酪農家は安定した収益の確保に努めてきた。2019年11月に実施した現地調査では、異なるアプローチで安定経営を実践する酪農家を3軒訪問した。

ア Von Ruden農場:高付加価値生乳生産
 1942年築の木造牛舎で40頭のホルスタイン乳用経産牛を搾乳するVon Ruden農場ではオーガニック生乳の生産に取り組んでいる(写真5)。このため、出荷先の酪農協からは100ポンド当たり9米ドル(1キログラム当たり22円)のプレミアムを得ており、受け取り乳価(調査時点)は同27〜27.5米ドル(同65〜67円)と、同時点のUpeer Midwestプール乳価(同19.51米ドル:同47円)を大きく上回っている。また、飼料は基本的に自給で賄っており、ソーラーパネルによって電力の一部も自給で賄うなど、コスト削減にも積極的に取り組む姿勢がみられた。このようにして安定的な経営を実現していることで、現在はいかなるセーフティネット制度にも加入していないとのことであった。一方で、ウィスコンシン・ファーマーズ・ユニオンの会長をも務める農場主のDarin Von Ruden氏は、生乳生産過剰が乳価の低迷を招いたとして、供給管理制度の必要性を強く主張している。

 
イ Breitenmoser農場:子牛販売による副収入
 ホルスタイン乳用経産牛を約450頭飼養するBreitenmoser農場では、9人のメキシコ人を含む合計12人の雇用労働力を活用し、1日3回の搾乳を実現している(写真6)。このため、人件費は他農場を上回っているとみられるが、トウモロコシをはじめとする飼料を自給することで可能な限り生産コストの削減にも努めている。また、出荷先より乳脂肪率や乳たんぱく率に対する上乗せ支払いを得ているため、受け取り乳代(2019年10月)は100ポンド当たり22米ドル(1キログラム当たり53円)と、Upper Midwestのプール乳価を上回る水準であった。調査の際、セーフティネット制度への加入状況について尋ねたところ、「何らかのセーフティネット制度に加入していると思うが、それ以上に経営を支えているのは子牛販売による収入である」とのことであった。

 
 実際、同農場では性判別精液を活用した効率的な後継牛確保に努めると同時に、比較的高値での販売が期待できるホルスタイン×アンガスのF1子牛の生産を積極的に行っている(写真7)。堅調な牛肉需要に支えられてF1相場も好調に推移しているため、同農場でもF1子牛はホルスタイン雄子牛の約2倍の価格帯で出荷されているとのことであった(2019年11月時点)。農場主のHans Breitenmoser氏によると、全収入に占めるF1子牛販売の割合は4%に及ぶとのことであり、重要な収入源のひとつになっていると述べていた。


ウ Hinchley農場:搾乳ロボット導入+収入源の多角化
 規模拡大を重ねてきた結果、今日ではホルスタインを中心に乳用経産牛を400頭飼養するHinchley農場は2018年、牛舎を更新すると同時に搾乳ロボットを4台導入した(写真8)。乳価水準も堅調な中、搾乳ロボットによって多い牛では1日に4回以上の搾乳を実現しているとのことで、増産に伴う粗収益向上が期待できるという。また、同農場では、豊富な農地を活用して生産したトウモロコシの余剰分を近隣のエタノール企業に販売しているほか、自農場を開放する有料のファームツアーを積極的に行っている。こうした副収入にも支えられる形で安定した経営が実現していることから、同農場はDMCなどのセーフティネット制度に加入していないとのことであった。他方、MFPによる損失補償についても否定的な見解を示しており、農場主のTina Hinchley氏からは、そもそもの貿易紛争の原因をつくったトランプ大統領の政権運営を疑問視する声が聞かれた。

 

6 今後の酪農収益見通し

 2019年の米国のチーズ相場は、メキシコの米国産チーズに対する追加関税が同年5月に撤廃されたことなどから上昇傾向で推移し、これに伴ってクラスV乳価も堅調に推移した。こうしたことから、全米平均総合乳価は2019年11月、約5年ぶりに100ポンド当たり20米ドル(1キログラム当たり49円)を上回った(注6)。こうした状況は、USDAがDMCの運用において算定している酪農マージン(注7)においても現れており、米国における酪農の収益性は総じて改善されているとみられる(図27)。

 
 こうした中、USDAは2020年の乳価も比較的堅調に推移すると見込んでいるため、酪農の収益性も引き続き順調に推移するとみられている。したがって、毎年プログラムへの加入・更新が募集されるDMCにおいて、2020年の加入戸数は、全米で前年比44.2%減の1万3024戸、ウィスコンシン州で同45.5%減の3235戸と、前年から大幅に減少した。
 しかし、収益性の向上やセーフティネットの確保ばかりが戸数の減少に歯止めをかけるとは限らない。現地調査の際、業界関係者からは「最近の収益性の向上により、負債を返済し終えたことで酪農業から身を引いている小規模経営もいる」との声も聞かれた。酪農家の高齢化や後継者不足が米国でも課題のひとつとなっている今日、負債の返済を契機に酪農業をリタイアする者の存在は想像に難くない。したがって、短期的には、今回の乳価上昇期の間に上述のような小規模酪農家が酪農産業から退場していく可能性は否めないだろう。
(注6)  直近の総合乳価の動向については、本誌既報の下記記事においても関連情報を記載。
「 脱脂粉乳輸出伸長とともに乳価は約5年ぶりの高水準」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001020.html)(「畜産の情報」2020年3月号)
「 チーズ価格の上昇とともに酪農の収益性が向上」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000919.html)(「畜産の情報」2020年1月号)
(注7)  MPPおよびDMCにおいて、乳価と飼料価格の差額として算定される収益。

7 FMMO制度の行方

 不確実性が増す中で厳しい経営のかじ取りを強いられる酪農家を支えるべく、2000年の改革を最後に約20年もの間、大きく見直されることがなかったFMMO制度にメスを入れようとする動きが進んでいる。制度の見直しには年単位の時間が必要となるとみられるものの、このような動きは将来的に乳価の算定方式に影響を及ぼす可能性がある。

(参考)2000年当時のFMMO制度改革については下記レポートを参照されたい。
「米国の新酪農制度」(https://lin.alic.go.jp/alic/month/fore/2000/mar/rep-us.htm)(「畜産の情報」2000年3月号掲載)
「96年農業法以降の米国酪農政策の動きについて」(https://lin.alic.go.jp/alic/month/fore/2002/apr/rep-us.htm)(「畜産の情報」2002年4月号掲載)

 

(1)経緯

 AFBFは2019年1月、第100回目の年次総会において、FMMO制度の見直しに向けた取り組みを開始すると決定した。その後、12人のメンバーからなるFMMO制度改革作業部会はUSDA、下院農業委員会、全米生乳生産者連盟(NMPF)、国際乳食品協会(IDFA)、学術関係者や乳業関係者など、さまざまな業界関係者の声を取り入れながら問題点の洗い出しに取り組むなどして、最終的に10月、「2019 Priorities, Principles and Policy Considerations for FMMO Reform」と題したFMMO制度改革提案書を公表した(写真9)。この中でAFBFは、FMMO制度をより“民主的”かつ公正なものにすべく、下記の4点を提案している。

 

(2)AFBFによる四つの提案

①全体投票に関する見直し(例:個々の酪農家に対する投票権の付与)
 FMMO制度を修正しようとする際には全体投票を実施することとなるが、現行制度では酪農協単位での投票が可能となっているため、酪農協傘下の酪農家に投票の機会が与えられない場合がある。AFBFはこの仕組みを廃止し、酪農協傘下の酪農家であっても各々が票を投じることが出来るようにすることを提案する。
②酪農家-酪農協-乳業間のリスク分担の向上
 現行のFMMO制度の下で生乳取扱業者が支払わずに済んだ乳製品製造コスト相当控除総額は年々増加傾向で推移しており、2010年〜2018年の合計額は300億米ドル(3兆3000億円)を超過している(図28)。近年の低乳価期(2015〜2018年)だけでも、酪農家は150億米ドル(1兆6500億円)を乳業に渡してしまったことに他ならない。また、近年、加工原料乳に仕向けられる生乳が増加傾向にあることから、控除総額は引き続き増加傾向で推移するとみられる。AFBFは、現行では固定額となっている製造コスト相当控除額を、品目別に一定の割合で算定するよう変更することを提案する。

 
④乳製品価格調査の改善
 USDAはFMMO制度における乳価算定のため乳製品価格を調査しているが、USDAが対象と定めている製品は実際に流通する製品のうち一部であり、生産量に占める捕捉率は限定的である(図29)。こうした現状に対し、AFBFは対象の拡大をはじめとする、USDA調査の見直しを提案する。

 
⑤プール乳価算定方法の簡素化
 AFBFは、南東地域を中心に存在する「オーダー地域間生乳輸送割合上限率」などを見直し、複雑な乳価算定方法を簡素化することを提案する。

8 おわりに

 2019年10月、ウィスコンシン州マディソンで開催されたWorld Dairy Expoに登壇したパーデュー農務長官は、酪農家戸数が激減している情勢について次のように回答した。
 
(質問者)「近年、多くの小規模酪農家が廃業している。今後も小規模酪農家戸数の減少は避けられないと思うか。それともこの流れを止める策があると思うか。」
(パーデュー長官)「2018年農業法がこの流れを止めると考える。現在の米国では『規模の経済』が進展している。大規模経営は規模拡大に邁進まいしんする一方、小規模経営は廃業していく。そのようなことが今まさに起こっているのだ。今日でもすでに、飼養頭数が40頭、50頭、60頭、いや100頭程度の小規模酪農経営を存続させるには、さまざまな点において困難がつきまとうだろう。確かに多くの酪農家が廃業したが、乳用経産牛の飼養頭数はあまり減っていない。むしろ生乳の供給量は増加しており、需給バランスの乱れは深刻化しているほどだ。いずれにせよ、2018年農業法およびリスク緩和制度によって、より多くの酪農家が存続できるようになるだろう。」
(質問者)「しかし、酪農家は規模を維持しながら存続することができるのか。それとも、規模を拡大しないと生き残れないのか」
(パーデュー長官)「それは今のところ不透明だが、生き残るためにはどの生産者も経済的な判断を下すだろう。米国においては、いかなる小規模経営でも所得が保証されるということはないと考える。農家はこれまでの厳しい時代もうまく乗り越えてきている。したがって2014年農業法の時代を耐え抜いた生産者は2018年農業法の時代も生き延びることができると考える。」
 パーデュー長官のコメントは、ウィスコンシン州ひいては米国酪農産業の行く末を示唆するものであると感じる。自由主義的な気風が強い米国においては今後とも統合が進展し、大規模経営はますます大きな存在感を示すようになるだろう。その一方で、小規模酪農家戸数は引き続き減少傾向で推移する可能性があるが、さまざまな工夫を講じることで危機を“うまく乗り越える”小規模経営も、少なからず存在し続けることと想定される。
 こうした中、AFBFを中心に進められる酪農制度改革もまた、米国酪農の将来を見通す上では重要な動きのひとつといえる。本稿でも、ウィスコンシン州の「酪農危機」の原因は必ずしも最近の低乳価だけではなく、長らく見直されていないFMMO制度にも根本的な問題があるとの見方を紹介した。その複雑さや運用期間の長さから、「完全に理解している者は世界に5人しか存在せず、そのうち4人は亡くなっている」と揶揄やゆされてきたFMMO制度。その改革は、今後の米国酪農のあり方を左右しうるものと考える。
 ただし、今回紹介したAFBFの改革案が採用される保証はない。実際、2011年にFMMO制度の見直しが検討された際には複数の業界団体がそれぞれ改革案を発表したように、今後も他の改革案が提出される可能性がある。加えて、本稿で紹介したDarin Von Ruden氏のように、生産者の中には供給管理制度の導入を求める声もある。いずれにせよ、発展の過程で多極化・多様化した米国酪農において、利害調整や統一的な酪農制度の策定には、少なくない時間が必要となるだろう。

(謝辞)
今回の現地調査では、ウィスコンシン・ファーマーズ・ユニオンのMichael Slattery氏をはじめ、多くの方々に快く調査に応じていただきました。ここに深く感謝の意を表します。




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