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海外情報 畜産の情報 2021年3月号

「次世代」に向かうEU農畜産業の2 0 3 0 年展望〜EU農業アウトルック会議から〜(前編)

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調査情報部 国際調査グループ

【要約】

 欧州委員会は、「次世代のEU農業〜COVID-19危機からグリーンリカバリーへ〜」と題し、EU農業アウトルック会議を開催した。会議では、COVID-19危機が消費者の健康、環境志向を加速させ、持続可能な農業や地元産などの需要を高めたことの他、次世代に向けたグリーンリカバリーの方向性や2030年までに乳製品および家きん肉の需要が高まる見込みなどが報告された。
 前編では、グリーンリカバリーや次世代に向けたEU農業の情勢の他、COVID-19がもたらした消費者行動の変化を中心に報告する。

1 はじめに

 欧州委員会は、欧州連合(EU)の農業情勢および2030年までの中期的展望を示す「2020年EU農業アウトルック会議」を2020年12月16、17日に開催した。今年で6回目となる同会議は初のオンライン開催(参加登録者数9464名)となった(写真1)。

 
 会議は、「次世代のEU農業〜新型コロナウイルス感染症(COVID-19)危機からグリーンリカバリーへ〜」がテーマとされ、「持続可能性(サステナビリティ)」と「強靭きょうじん化(レジリエンス)」により復興を目指す「グリーンリカバリー」の内容の他、EUの農業情勢や2030年までの中期的展望などが報告された。また、冒頭の欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長のスピーチでは、食品サプライチェーンがCOVID-19の影響を限定的なものにとどめたとして、その最前線に立つ農業関係者に賛辞が贈られた。
 本稿では、会議の中から畜産情勢および2030年までの中期的展望の他、現地情報を報告する。なお、COVID-19のEU畜産業界への影響については、『畜産の情報』2021年2月号「新型コロナウイルス感染症がEU畜産業界に与えた影響について〜グリーンリカバリーと見直される農業のあり方〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001494.html)を参照いただきたい。また、今回の中期的展望について欧州委員会は、「OECD(経済協力開発機構)・FAO(国連食糧農業機関)農業アウトルック報告書(2020年7月16日)」に基づき、最新の世界のマクロ経済および市場データを用いて各種試算を行った他、前提条件として、現在協議中の共通農業政策(CAP)は現行制度のままとする一方、公表済みの政策文書などは最も妥当と考えられる仮定で反映して作成している。また、貿易協定は批准済みのものまでを含み、ロシアのEU農産物禁輸措置は2021年末まで継続、EUを離脱した英国との間では無関税・無関税割当による貿易が継続することを前提としている。
 なお、本稿中の為替レートは、1ユーロ=128円(2021年1月末日TTS相場:127.98円)を使用した。

2 COVID-19危機からグリーンリカバリーへ

(1)持続可能な社会への移行の必要性〜フォン・デア・ライエン委員長〜

<農業はEUの目指す「強靭化」の象徴>
 フォン・デア・ライエン委員長は2020年を振り返り、「まだ記憶にあるでしょう。店舗前の長蛇の列、ソーシャルメディアに掲載されたスーパーマーケットの空の棚の写真、報道はパンデミック(世界的な大流行)によって食料供給が途切れる可能性があると伝えていた」とした(写真2)。そして、「この恐怖は取り越し苦労であった。棚は直ちに補充され、生産者やサプライチェーン関係者のおかげで、EUのどこでも深刻な食料不足は見られなかった」とした。また、「生産者に在宅勤務はない。彼らは袖をまくり上げて仕事に取り掛かっている」とその姿勢をたたえ、「外食産業の営業停止時には、生産者はオンライン販売を始め、季節労働者が渡航制限で足止めされると、地元ボランティアが穴埋めをしてくれた」と、農業部門はEUが目指す「強靭化の象徴」になったと農業関係者に敬意を表した。
 
 
<「グリーンリカバリー」は農業の将来を守る>
 同委員長は、長期的な「もう一つの危機が迫っている」とし、農業部門における気候変動、土壌環境、生物多様性などの課題に言及した。そして、農業は「天然資源に依存する」からこそ、グリーンリカバリーとしてこれらに向き合うことは「本質的には自らの将来を守ること」とし、「生産者は、気候変動と闘い、生物多様性と欧州の美しい景観のため、大きな役割を担う」とした。

<2030年に向けた「持続可能性」の取り組み>
 同委員長は、持続可能な社会の確立のため、2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロ(カーボンニュートラル)にする「欧州グリーン・ディール政策」(参考1)に基づく「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略」および「生物多様性戦略」により、2030年までに化学合成農薬使用量およびリスクの50%削減、肥料使用量の20%以上削減、家畜・水産養殖向けの抗菌性物質販売量の50%削減、全農地に占める有機農地割合を25%以上に拡大、生物多様性の確保などを目指すとした。

(参考1) alicセミナー(2020年12月14日開催)「EUの『Farm to Fork(農場から食卓まで)」戦略について〜2030年に向けて、持続可能性(サステナビリティ)を最優先課題とするEU農業・食品部門〜」(https://www.alic.go.jp/content/001184979.pdf

<「グリーンリカバリー」の必要性>
 同委員長は、グリーンリカバリーによる行動の必要性について、「生産者は、気候変動を目の当たりにしており、理解している」とし、近年頻発する干ばつや洪水が、時として収穫に甚大な被害を与えていることに言及した。また、協議中のCAPは、持続可能な農業生産への移行の中核をなし、気候変動に対応するとともに食料安全保障と競争力を確保し、生産者を守るものになるとした。

<消費者ニーズは「持続可能性」>
 同委員長は、「多くの消費者が食品の品質および原産地に対する関心を高めている」とした。世論調査によれば、10人に9人が農政の優先事項を「持続可能性」と回答し、その対価を払うとした。また、この結果が欧州グリーン・ディールの背景だとし、生産者の懸念に対し、消費者ニーズは持続可能性にあり、EUの方向性は「新たな負担を課すものではなくビジネス機会を創出するもの」とした。

<「グリーンリカバリー」の推進>
 同委員長は、研究と技術革新がグリーンリカバリーを推進するとし、研究プログラム(ホライズン・ヨーロッパ(2021〜27年))に総額100億ユーロ(1兆2800億円)を措置するとした。また、80億ユーロ(1兆240億円)の農業・農村地域予算を含む復興基金「Next Generation EU(次世代のEU)」(7500億ユーロ(96兆円)) を準備し、グリーンリカバリーを推進する他、最大限の予算投入により、生産者の気候変動、環境、アニマルウェルフェア、薬剤耐性(AMR)への取り組みを支援する「エコ・スキーム」 (参考2)を新設するとした(写真3)。
 
(参考2) 海外情報「欧州委員会、「エコ・スキーム」として有機農業、総合的病害虫・雑草管理(IPM)、アグロ・エコロジー、アニマルウェルフェアなどの取組みを提案(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002882.html
 

 

(2)三つの成果〜ボイチェホフスキ農業・農村開発担当委員〜

<COVID-19対策>
 ボイチェホフスキ農業・農村開発担当委員は、2020年の三つの成果の一つ目として、効果的なCOVID-19対策(参考3)を挙げた(写真4)。具体的には、家畜を含む食品などの生活必需品や季節労働者を優先的に移動させるサプライチェーン対策の他、牛肉や乳製品の民間在庫補助(調整保管)などの市場措置、生産者などに対する低利融資や前払補助金の増額などの直接支援を実施した。
 
(参考3) 『畜産の情報』2021年2月号「新型コロナウイルス感染症がEU畜産業界に与えた影響について〜グリーンリカバリーと見直される農業のあり方〜」 2 COVID-19をめぐる畜産業界の動向および支援策など(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001494.html#title3


<次期CAP予算の増額>
 二つ目として、次期(2021〜27年)CAP予算の増額を挙げた。欧州グリーン・ディールやCOVID-19危機から農業が再評価され、2018年の当初予算案から220億ユーロ(2兆8160億円)増の3870億ユーロ(49兆5360億円)となった。

<持続可能性配慮のCAP改革>
 三つ目として、欧州グリーン・ディール達成のためのCAP改革への取り組みを挙げた。ただし、食料安全保障に対する懸念などの意見があり、協議は難航中とした。

3 次世代のEU農業

(1)次世代に向けて〜ボイチェホフスキ委員〜

<農村部を魅力的で活気ある場に>
 ボイチェホフスキ委員は、「若手生産者への適切な世代交代の確保が、EU農業の将来と食料安全保障に重要」とし、「多くの農地が後継者不足や高齢生産者により十分に活用されていないことは大きな課題」との認識を示した。一方、CAPによる若手生産者への支援は継続した上で、「農村部をより魅力的で活気のある生活の場にする必要がある」とし、積極的な財政支援が必要とした。また、多くの農村部で未着手のITインフラ整備について、作業効率向上に資するものとして直ちに対応したいとした。

<サプライチェーン短絡化の重要性>
 同委員は、危機対応力の向上策として、Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略による「サプライチェーン短絡化の奨励」を挙げた。また、同戦略に基づき、地域振興に資する「地理的表示(GI)制度、検討中のアニマルウェルフェア表示などの普及の推進」を図る一方、畜産部門の「飼料輸入や外部市場への過度な依存」を今後対応すべき課題の一つとして挙げた。
 

(2)適応力で自分たちの未来を築く〜CEJAマース会長〜

<若手生産者へのメッセージ>
 次世代のEU農業について、自身もベルギーで酪農経営を行う若手生産者である欧州青年農業生産者協議会(CEJA)のヤネス・マース(Jannes Maes)会長が講演した(写真5)。
 

 
 同会長はまず、画一的な生産者支援に対し懸念を示し、若手生産者約200万人を代表する組織での活動の中で「生産者の多様性を認識している」とし、多様な生産者に対応した支援の必要性を訴えた。また、若手生産者に必要なのは、「自分の農場の中で、状況変化に対応する適応力を持つことである」とし、具体的に、新たな社会的要請などに対応するために「技術力と財政的なリスク対応力」が必要だとした。そして、「適応力がわれわれの新たな未来を築くことができる!」と多くの若手生産者に力強くメッセージを発信した。

<「持続可能性」と「世代交代」〜直接インタビュー〜>
 講演後、若手生産者の課題について、マース会長にリモートで話を伺った。
 同会長はまず、「政策提案は、トレードオフの可能性を理解し、全体的なアプローチであるかの確認が必要」だとした。また、「日本も同様と記憶しているが、われわれは世代交代に大きな課題を抱えている」とした上で、「若手の新規参入や規模拡大の最大障壁は農地取得である」とした。そして、「減農薬、減肥料、有機推進、非生産地域確保などの圧力が強まれば、農地取得競争にはさらに圧力がかかり、最も財政力の弱いわれわれ若手生産者の農地取得がさらに困難となり、この結果として、政策は集約農業をより後押しすることになる」と指摘した。また、「つまり、若手生産者の農地取得という課題の答えを見つけられない政策は成功しない」とし、「環境機能と生産を両立する生産者への適切な支援が重要ではないだろうか」とした。
 

(3)次の危機の備えとしてサプライチェーン短絡化〜アンケート結果から〜

 欧州委員会は、「われわれは、次の危機に対し、何を備える必要があるか」というアンケートを行った。回答数の多いものがモニターの中心部に大きく表示されるシステムであったが、結果として表示されたのは「より短いサプライチェーン(shorter chains)」と「適応性(Flexibility)」であった(写真6)。欧州委員会は、COVID-19がオンラインも含む産直や地産地消などのサプライチェーンの短絡化という従前からあったトレンドを加速させたとした(参考4)。この要因として、食料不足への懸念や健康、環境配慮が一般的に言われているが、関係者によれば、外出規制などの中、生産者の顔が見えることで、地元経済や社会とのつながりを強く求める消費者に再評価されたこともその一つに挙げられている。生産者らはこの変化に適応し、次の危機に備えてサプライチェーンの短絡化を図るであろう。
 
(参考4) 『畜産の情報』2021年2月号「新型コロナウイルス感染症がEU畜産業界に与えた影響について〜グリーンリカバリーと見直される農業のあり方〜」 4 変わる消費者行動:強まる地産地消の動きと見直される農業(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001494.html#title7


 

 

コラム1 COVID-19による地元産やアニマルウェルフェア志向の高まり:ドイツ有機食品のアンケート結果

 ドイツ連邦食料・農業省は2021年1月14日、COVID-19による影響も含めた有機食品の消費状況に関するアンケート調査(2020年7月末〜8月末に14歳以上の約1000人を対象に実施)の結果を発表した。

<有機需要は増加傾向>
 同調査によると、回答者の37%が有機食品を「頻繁に」もしくは「いつも」購入していると回答した。2019年(前回)の49%からは減少したものの、2018年(前々回)の28%からは増加した。なお、この割合は14〜29歳で44%、30〜39歳で42%と若年層であればあるほど傾向は強まっている。
 また、将来的に有機食品を「頻繁に」もしくは「いつも」購入したいと回答した者は48%で、同様に2019年の58%からは減少したものの、2018年の35%からは増加した。
 ドイツ連邦食料・農業省はこの結果について、有機食品需要は長期的に見ると増加しており、2019年については環境運動や環境問題そのものに対する国民意識の高まりがあったとする一方、2020年についてはCOVID-19のパンデミックによりやや薄れてしまったとした。
 なお、有機食品を「全く購入しない」と回答した者は20%、将来的にも「全く購入しない」と回答した者は11%であった。

<鶏卵と青果に高い需要>
 「頻繁に」もしくは「いつも」購入される有機食品のうち最もその割合が高いのが「鶏卵」で、2019年から8ポイント増の74%となった。次いで、「青果」が70%、「乳製品」が51%となった。また、「食肉・食肉加工品」が2019年から8ポイント増の50%となり、「パン類」の40%を上回った。

<最大の理由はアニマルウェルフェア>
 有機食品を購入する理由として最も多かった回答は、2019年に続き「アニマルウェルフェア」で96%となった。次いで、「自然」が94%、「地元産・地域支援」が93%、「健康」が92%となった。その他、「添加物」、「残留農薬」、「遺伝子組み換え」を回避することも理由の上位に挙げられた。

<COVID-19による地元産、アニマルウェルフェア志向>
 COVID-19によって増えた消費者行動として最も多かった回答は、「地元産の購入頻度」で20%であった。次いで「自炊の頻度」が19%、「有機食品の購入頻度」が15%であった。一方、減ったものの最大は「買い出し頻度」で21%、次いで「訪問店舗数」が12%、「調理済み食品のデリバリー注文頻度」が11%であった。
 また、それら消費者行動のうち今後も継続したいものとして最も多かった回答は、「意識の高い、的を絞った買い物」が21%であった。次いで、「地元産生鮮食品のさらなる購入」が20%、「アニマルウェルフェア・有機食肉の購入」が11%となった他、「有機食品のさらなる購入」が9%となった。

 今回の調査結果に対し、ドイツ連邦のクレックナー食料・農業大臣は、COVID-19のパンデミックはわれわれの日常生活に大きな影響を与えたとした上で、「消費者は買い物により高い意識を持つようになり、地元産や有機生産により高い価値を見出している」とし、「この傾向は今後も継続して推進、強化していきたい」としている。

コラム2 サプライチェーン短絡化の実践:オーストリアの農業法人

 サプライチェーンの短絡化を実践しているオーストリアのシモン・フェッター(Simon Vetter)氏の取り組みを紹介する(コラム2−写真1)。

 
 同氏がCEO(最高経営責任者)を務める農業法人フェッターホーフ(Vetterhof)は、オーストリアの最西部フォアアールベルク州にあり、有機による牛、豚、野菜生産を10人強の従業員で行う(コラム2−写真2、3)。約40ヘクタールの農地の4分の3が牧草地、残りが畑である。
 野菜は、ばれいしょ、なす、にんじん、かぶ、たまねぎ、ブロッコリーなど年間40品目程度を生産、牛と豚は、放牧を中心に濃厚飼料は使わず牧草と有機飼料で飼養し、野菜の残さと家畜の堆肥による循環も行う。



 
 ほぼ全量を直接販売しており、週1回の約700世帯への野菜セットの定期配送(7〜10品目。環境配慮から配送はカーゴバイクか電気自動車)の他、毎週金曜日に敷地内の直売所で野菜、食肉の他、加工品や調味料などを販売する(コラム2−写真4、5)。また、3〜12月上旬の間は、毎週土曜日開催の地元屋外市場で販売する。




 COVID-19の拡大が続く2020年4月、利用者からの要望を受け、直売所の営業を半日増やした。食料不足への懸念から、地元生産者の農産物に対する需要は高まっていた。直売所は、衛生対策として、入場者制限の他、来場者にキャッシュレスを推奨するなどして対応した。
 なお、同氏は、環境への取り組みが認められ、オーストリア政府から表彰されるなど、活躍は地域社会への貢献にとどまらない。また、欧州委員会のインタビューで、次世代の生産者に必要なものを問われ、「アドバイスを求めること。恥ずかしがることはない。何千人もの人が同じような苦労をしている。まず誰かに聞いてみてくれ。すべてはよくなるだろう」と答えた。地域社会に根差し、サプライチェーンの短絡化を実践する同氏のような農業者が、次世代のEU農業の中心的役割を担うのであろう。
 次号では、後編として畜産物の2030年展望および業界関係者にインタビューした現地情報を中心に報告する。

(大内田 一弘(JETROブリュッセル))