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特集:海外の食肉需給の動向について〜新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえて〜畜産の情報 2021年2月号

新型コロナウイルス感染症がEU畜産業界に与えた影響について〜グリーンリカバリーと見直される農業のあり方〜

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調査情報部 国際調査グループ

【要約】

 2020年春以降、EU各国においても新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は拡大し、今なお続く第2波の懸念など長期にわたって経済活動などに大きな影響を生じさせている。そのような中、畜産業界は、ロックダウンや外食産業の営業停止などによる需要の変化に振り回されるも、政府の支援策や経済活動に対する規制の緩和により一定の回復を見せている。一方、COVID-19は、消費者の地産地消などに対する意識を高め、農業そのもののあり方を見直すきっかけになるなど、消費者行動に変化をもたらしている。

1 はじめに

 2020年春以降、欧州連合(EU)の各加盟国においても新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大し、ロックダウン(都市封鎖)や国境管理の他、社会および経済活動に対するさまざまな規制が実施された(写真1)。COVID-19のパンデミック(世界的な大流行)はEU加盟国の国民に多くの心理的影響を与えるとともに、EU経済に大きな影響を与えた。
 
 
 畜産業界においては、COVID-19の拡大以降、ロックダウンに伴う買いだめや、外食産業の営業停止による需要の変化の他、移動制限による国境での食品流通の混乱や季節労働者などの不足、食肉処理場での集団感染による操業停止など、あらゆる面でさまざまな混乱が起きた(写真2)。
 

 
 しかし、その後の欧州委員会や各加盟国による対応や支援策などの他、ロックダウンなどの規制も徐々に緩和され、外食需要も再開するなどして、夏ごろには生産、流通、消費の各段階で一定の回復が見られるようになった。また、COVID-19の影響下にあって地産地消などへの意識が高まるなどの消費者行動に変化も起きている。
 なお、直近では、一部の加盟国で感染第2波などが確認され、2度目、3度目のロックダウンが実施されるなど、EU域内国民にとっても畜産業界にとっても再び予断を許さない状況になっている。
 本稿では、このようなEUの畜産業界におけるCOVID-19の影響などについて、現地情報を交えて報告する。なお、本稿中の為替レートは、1ユーロ=128円(2020年12月末日TTS相場:128.45円)を使用した。

2 COVID-19をめぐる畜産業界の動向および支援策など

 EUでは、域内でのCOVID-19が報告されていなかった2020年1月17日の時点で、欧州委員会が保健安全委員会を招集するなど早期の初動対応が取られた。フランスで同月24日に域内初の感染者が報告されると、EUは同月28日に危機対応体制をテロ発生時と同じ最高レベルにするとともに、域外に滞在するEU加盟国国民の本国帰還などの準備といった体制を整備した。同月30日には世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言した。
 EU各地でCOVID-19の関連報道が増え始める中、欧州食品安全機関(EFSA)は3月9日、食品が感染源または感染経路である可能性を示す証拠はないことを公表し、消費者の食に対する不安を払拭ふっしょくしようとした。
 その後も感染者は増え続けたが、イタリア政府が同月10日から全土をロックダウンすると決定したことで、他の加盟国の緊張も一気に高まることとなった。同国では、1月30日に初の感染者が報告されて以降、特に2月後半になっても同国北部を中心に感染拡大に歯止めがかからなかったことでこのような強力な措置が導入された。
 これ以降、感染拡大はスペイン、ドイツ、ベルギー、オランダなど他の加盟国でも続き、3月11日に「パンデミック(世界的な大流行)に至っている」と宣言したWHOは、同月13日にはそのパンデミックの中心が欧州であるとの見解を示した。
 各加盟国のロックダウンは、イタリアをはじめ、ドイツで同月16日(州によって異なる)、フランスで同月17日、欧州委員会本部があるベルギーで同月18日から実施された。国境管理や店舗の営業停止、外出および移動制限などの規制が次々と実施されるなど混乱は続いた。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は同月16日、感染拡大抑制のため、原則としてEU域外から域内への不要不急の渡航を30日間禁止する異例の方針を示した。その後、ロックダウンが解除されたのは、ドイツが4月20日(州によって異なる)、イタリアおよびベルギーが5月4日、フランスが5月11日、EU域外から域内への渡航制限が解除されたのは7月1日であった。

<農業・食品部門への支援策など>
このような中、農業・食品部門に対し、EUレベルでの支援策が次々と実施された(表)。

 
 まずEUに対応が求められたのは、国境管理で混乱した食品流通を改善する「サプライチェーン対策」であった。欧州委員会は3月16日、食品などの生活必需品や家畜などにグリーンレーン(優先レーン)を導入した。また、生産者の負担軽減のため、「CAP(共通農業政策)の柔軟な対応」として補助金申請期限を1カ月延長した。
 さらに、季節労働者の移動に関するガイドラインを策定した他、「直接支援」として低利融資や前払補助金の増額などを措置した。その他、5月に入ってからは「市場措置」として、影響の大きかった品目に対して民間在庫補助(調整保管)の発動などを措置した。
 「市場措置」は、異例のEU加盟27カ国の農業大臣連名による欧州委員会への共同声明に対応したものである。欧州委員会のボイチェホフスキ農業・農村開発担当委員は、「EUの生産者や食品サプライチェーンのすべての関係者は、困難に直面しながらも、域内国民への食料供給継続のために懸命に活動している。欧州委員会は、今後も生産者や食品産業を支援するとともに各加盟国と連携して域内国民の健康と福祉を確保するために必要な措置を講じていく」とした。
 なお、COVID-19対策として実施された主なEU農業・食品部門への支援策などについては、表および以下の情報を参照されたい。

(参考) COVID-19対策として実施された主なEU農業・食品部門への支援策などについて
・海外情報「欧州委員会、新型コロナウイルスの感染拡大に対し、食品流通を含む国境管理措置に関するガイドラインを公表。欧州食品安全機関、食品を介した感染の証拠はないと報告」
  (https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002646.html
・海外情報「欧州委員会、新型コロナウイルス感染拡大に対応する農業・食品部門を引き続き支援」
  (https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002669.html
・海外情報「欧州委員会、追加支援措置を採択。新型コロナウイルスの影響下にある生産者のキャッシュフローの改善など」
  (https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002681.html
・海外情報「欧州委員会、新型コロナウイルスの追加対策を採択。乳製品、牛肉などの民間在庫補助(PSA)を5月7日から。チーズは最大10万トン市場隔離へ」
  (https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002692.html
・海外情報「EU理事会、生産者および中小事業者向け新型コロナウイルス感染症追加支援措置を採択」
  (https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002741.html


 なお、欧州委員会は前述の通り「市場措置」の対象品目を限定しているが、これを見るとどの分野で影響が大きかったかを垣間見ることができる。対象品目となったのは、脱脂粉乳、バター、チーズ、牛肉、羊肉、山羊肉、生乳、花き、加工用ばれいしょ、ワイン、青果物、食用オリーブ、オリーブ油、養蜂、学校給食のうち牛乳・乳製品、果実、野菜であり(順番は発表された支援策の順で整理。各支援策の対象を忠実に抜き出しているため品目の重複などがある)、外食産業や輸出の比重が大きい品目が中心となっていることが分かる。
 欧州食品・農業・観光関係労働組合連合会(EFFAT)と欧州ホテル・外食産業協会(HOTREC)が2020年11月27日に発表した共同声明によれば、EU域内のホテルおよび外食産業の同年第2四半期(4〜6月)の売上高は、前年同期比63.3%減となった。感染者数などの多かったスペインの外食産業では同75%以上の減少となるなど、各地でホテルを含めた外食産業が受けた影響が非常に大きかったことが分かる。

<2021年以降の復興に向けて>
 危機の中、EUレベルでの支援策が次々と実施された一方、EUは2021年以降の復興に向けた検討も進めていた。
 欧州理事会(EU首脳会議)は2020年12月10日、復興基金「Next Generation EU(次世代のEU)」(7500億ユーロ(96兆円))と、次期(2021〜27年)複数年度財政枠組(1兆743億ユーロ(137兆5104億円))に合意し、環境政策やデジタル化政策を中心とする総額1兆8243億ユーロ(233兆5104億円)の復興予算を発表した(写真3)。

 
 「環境」と「デジタル化」という将来性のある分野への予算拡大は、単純な景気回復ではなく、「グリーンリカバリー」と称される、復興とともに次世代に向けて強じんかつ持続可能な経済への転換を目指す意味合いがある。なお、2050年までの気候中立(温室効果ガスの排出実質ゼロ)を目指す欧州委員会の最重要政策である「欧州グリーンディール」の一環として、次期複数年度財政枠組と復興基金の総額のうち30%以上が気候変動対策に、復興基金のうち37%以上が環境政策に、20%以上がデジタル政策に充てられる予定である。なお、「欧州グリーンディール」および農業・食品部門に対する関連政策などについては、以下の情報を参照されたい。

(参考) 「欧州グリーンディール」などについて
・alicセミナー(2020年12月14日開催)「EUの『Farm to Fork(農場から食卓まで)』戦略について〜2030年に向けて、持続可能性(サステナビリティ)を最優先課題とするEU農業・食品部門〜」
  (https://www.alic.go.jp/content/001184979.pdf

・『畜産の情報』2020年3月号「持続可能性(サステナビリティ)を最優先課題とするEU農畜産業の展望〜2019年EU農業アウトルック会議から〜」
 (https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001030.html

コラム1 食肉処理場におけるCOVID-19への対応:従業員の安全と事業の継続

 食肉処理場におけるCOVID-19への対応の一例を紹介する。
 EU最大手食肉企業であるオランダのVion Food Group(以下「VION社」という)は2020年5月25日、自社内のCOVID-19感染拡大防止のため、新たな対策を以下の通り講じると発表。

(1)リスク分析
COVID–19の検査結果を踏まえ、迅速なリスク分析の実施
(2)職場環境
労働時間をさらに延長し、従業員間の接触機会を低減
(3)交通手段
乗客数の制限が難しい場合は、大型バスの利用も検討
(4)生活状況
専門チームによる従業員の生活状況(主に共同生活の状況について)の把握と支援。
感染が疑われる場合は、代替の宿泊施設の提供などを実施
(5)個人の衛生管理
共同作業を行う場所ではマスクの着用を義務化


 VION社は、従業員への安全かつ効率的な対応を目標とし、また、それにより国内への食肉供給を継続し、店舗に欠品がないようにしたいとした。
 なお、今回の発表は、同社のドイツ国境に近い食肉処理場での集団感染を受けて行われたもので、現地報道によると、感染者数は全従業員の20%以上に相当する147人であり、その他の従業員も隔離を要するため同処理場の操業は一時停止された。なお、ほとんどの従業員が無症状であったという。同処理場の作業は同社の他の処理場に移されたものの、操業再開には安全性の確認など当局の許可が必要となった。
 同社は、衛生規制などを順守したにもかかわらず多くの感染者が出たことをショックであるとし、COVID-19の危機の中にあっては、感染した従業員に責任はなく、関係者全員が一丸となって取り組む必要があることを強調した。
 現地報道によると、ドイツ、フランス、デンマークなどでも同様の集団感染が報告されている。欧州の食肉処理場では、従業員の多くが旧東欧諸国からの出稼ぎ労働者(共同生活をしている)で占められているという現状もあり、VION社が講じた上述の生活状況の把握や支援といった対策などが従業員の安全を守り、事業を継続する上で重要となっている。





3 各畜産物への影響など

(1)牛肉

 欧州委員会は、外食産業の営業停止は豚肉や鶏肉よりも高価格帯で取引される牛肉の消費に大きな影響を及ぼしたとした。特に、枝肉の総価値の3割程度を占める高級部位の需要減少による影響が大きいとされる一方、低級部位は主に南米から継続して輸入され、前年から低水準であった牛枝肉卸売価格は2020年3〜5月の間に4.5%下落した(図1)。同価格は5月中旬に底を打った後、外食産業が徐々に再開したことで7、8月と前年水準まで回復するも、その後再び前年を下回っている。
 


 

  同年の牛肉生産量は、COVID-19による影響が大きかった4、5月に食肉処理場の操業停止や天候不順で前年を大きく下回ったものの、欧州委員会が10月に公表した短期的需給見通しによれば、下半期は安定的に推移し、通年では前年比1.4%減にとどまると見込まれている(図2)。輸出量が4、5月の減産期を除けばおおむね順調に推移している一方、輸入量は外食需要の減退により3月以降前年を下回るも、その後徐々に回復傾向にある(図3、4)。
 






 

(2)豚肉

 投資の進展などから生産量も輸出量も堅調に推移したものの、豚枝肉卸売価格は3〜10月の間に26.6%下落した(図5)。この要因として、食肉処理場の操業停止などの影響もあるが、欧州委員会は、アフリカ豚熱の発生状況や国際貿易の影響が今後強まるとみている。一部の加盟国では2度目のロックダウンが実施されるなど、COVID-19とアフリカ豚熱の影響が相まっている状況にあり、現地関係者はEU養豚業界の混乱の可能性を指摘している。
 


 

  アフリカ豚熱については、9月にドイツの野生イノシシで発生し、その後、最大の輸出先である中国をはじめ多くの国でドイツ産豚肉の輸入規制が行われた。2020年のEU総生産量は前年比0.5%減と見込まれているものの、EU最大の豚肉生産国であるドイツでのアフリカ豚熱発生は市場にかなりの不確実性をもたらすとみられている(図6)。
 


 

  輸入規制を行っている国々への輸出については、ドイツ以外の域内からの代替の動きも一部で見られている。一方、ドイツのEU域外輸出に関しては、感染を封じ込め、発生地域がこれ以上拡大しないことが最も重要であるが、最大の輸出先であり、自国内でのアフリカ豚熱発生により輸入量を増やしていた中国向けが制限される中にあって、中国をはじめ相手国が地域主義(注)の適用によって、アフリカ豚熱発生国からの輸入停止を疾病発生地域に限定するかどうか、その地域をどのように定めるかに注目する必要がある(図7)。なお、豚肉輸入量は輸出量に比べると極めて少ない(図8)。

(注) 地域主義とは、疾病発生国であっても、清浄性(当該疾病の感染の可能性がないこと)が確認できる地域からの輸入であれば認めるもの。

 (参考)
海外情報「野生イノシシのアフリカ豚熱、2州に拡大。豚価は下落後、低迷続く(ドイツ)」
 (https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002814.html


 





 

(3)家きん肉

 外出制限は、家庭内消費の多い鶏肉需要の増加につながった。主要生産国であるポーランドでの投資の進展もあり、欧州委員会は2020年の家きん肉生産量を前年比1.0%増と見込んでいる(図9)。外食産業の営業再開は一時期下落した家きん肉卸売価格に一定の回復をもたらしている(図10)。なお、家きん肉の中でも、外食向けが主である鶏肉以外(カモ、ホロホロ鳥、ハト、ウズラ)は、減産がしばらく続くとみられている。
 

 


 

 一方、輸出量は、2020年通年で同6.0%減と見込まれているが、現在、EU各地で鳥インフルエンザが発生しており、この見込みを下回る可能性も出ている(図11)。また、輸入量は、外食需要の低迷により2020年通年で同12.0%減が見込まれている(図12)。
 



コラム2 COVID-19と向き合う生産者:ハンガリーの養豚生産者

 COVID-19の影響下、EUの生産者がどのようにCOVID-19と向き合っているのか、ハンガリーでマンガリッツァ豚の生産、加工、販売を行う養豚生産者のゾーカ・フェケテ(Zsóka Fekete)氏にリモートで話を伺った(コラム2−写真1)。

 
 同氏は、2010年の26歳の時にEUの若年者向け就農支援を受けて就農した。母豚20頭から経営をスタートし、現在は母豚40頭、肥育豚350頭を飼養している。品種は希少性のあるマンガリッツァ豚で、有機飼料の生産から豚の繁殖・肥育、加工・販売の他、加工品に使用する野菜生産までを従業員2名を雇用して行っている(コラム2−写真2)。販売は、週に1回、農場から220キロメートル離れた首都ブタペストの市場へ出向き、農場で作られたソーセージやベーコンなどを直接販売している(コラム2−写真3、4)。それらの品質は、行政から表彰されるなど評価は高いという。

 
 

  しかし、同氏もCOVID-19の拡大が進んだことで2020年3月20日から市場での対面販売を中止した。メールによる注文に切り替え、常連客などへ商品を発送することで対応した。また、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を活用し、多くの常連客らに「農業は生き物であり止まることがない。毎日、新しい命は生まれる」と伝え、状況が改善するまで一緒に頑張ろうというメッセージとともに現在の養豚場の様子などを定期的に発信し続けた。5月に入り、状況がやや改善されると、毎週金曜日にブタペストの顧客の自宅まで自ら配達する販売方法に切り替えた。そして、9月12日から市場での販売を再開し、多くの常連客から歓迎されたという。

 この危機の中、同氏は購入を続けてくれた購買者に感謝するとともに、今後も品質を重視し、顔の見える市場での販売に力を入れていくとした。困難な状況であっても、同氏の豚肉を待ち望んでいる固定客は多く、市場販売再開後も売れ行きは好調なようである。規模こそ大きくはないものの、そのブランド力と直接販売による購買者とのつながりを大切にする、まさに欧州委員会が目指すCOVID-19の影響にすら「強靭性」を有する「農場から食卓まで」という持続可能な農業経営の手本がここにあるように思う。

4 変わる消費者行動:強まる地産地消の動きと見直される農業

 欧州委員会のボイチェホフスキ農業・農村開発担当委員は2020年11月25日、自身のツイッターで「食品サプライチェーンの短絡化が重要戦略の一つである」と発信した。COVID-19の危機からの復興を目指すEUでは、その教訓と持続可能な社会の構築の観点から、農業そのものや産直や地産地消などのサプライチェーンの短絡化への意識が高まっている。ここでは、ドイツとフランスの事例を紹介する。

(1)農業の重要性、地産地消を重視(ドイツ)

 ドイツ連邦食料・農業省は2020年5月29日、COVID-19の影響を含む国民の食習慣に関するアンケート調査(2019年12月〜2020年1月に14歳以上の約1000人を対象に実施。COVID-19拡大を受け、2020年4月に約1000人を対象に追加実施)の結果を発表した。

<自宅で料理をする傾向が強まる>
 同調査によると、家庭での料理に時間を費やす消費者が増えている。回答者の30%はCOVID-19の影響で以前に比べ「より頻繁に自宅で料理をする」と回答した。

<変化する食習慣>
 「食肉・食肉加工品を毎日食べる」と回答した者は2015年の34%から26%に減少した。一方、植物由来の原材料で作ったベジバーガーといった「動物性食品の代替品の購入経験がある」とした者は約半数(49%)となった。なお、この傾向は、14〜29歳で61%、30〜44歳で64%となった他、子どものいる世帯で58%となった。理由は「関心があった」が75%で、次いで「アニマルウェルフェア」が48%、「環境」が41%、「味」が43%、「健康」が37%であった。また、菜食主義であるベジタリアンやビーガンはそれぞれ5%、1%と低水準であるものの、菜食主義を基本としながらも食肉も柔軟に摂取するフレキシタリアンと呼ばれる層が55%と増加傾向にある。

<農業の重要性、地産地消を重視>
 COVID-19の影響で、農業そのものや地元産農産物の重要性が高まっている。回答者の39%が、COVID-19により「農業の重要性が増した」としており、成人を含む若い世代ではこの割合が47%であった。
 また、回答者の83%が「地元産が重要」と回答した。この割合は2016年の73%、 2017年の78%からさらに上昇した。地元産の重要性は、品目によっても異なり、牛乳・乳製品および鶏卵で最も高く84%、パン類と青果物が83%、食肉・食肉加工品が76%となっている(図13)。
 

 
<食料問題に対する意識の高さ>
 表示に対する消費者の関心も高い。原産地、原材料、賞味期限などの法律に規定されているもの以外で最も重要なものとして、「家畜の飼養方法」が84%、次いで「適正な生産条件」が83%、「遺伝子組換えの有無」が78%、「環境への配慮」が76%となった。「植物由来」も前年の35%から41%に増加した。
 また、食料問題に対する解決策として、「食品廃棄物の削減」(86%)、「地元産の消費拡大」(82%)、「食肉消費の削減」(79%)、「農業生産性の向上」(52%)、「代替食肉」(51%)、「昆虫食」(41%)、「培養肉」(20%)について関心があるとされた。なお、14〜29歳の50%は「昆虫食」、33%は「培養肉」に肯定的な回答をした。

<農業に期待すること>
 農業に対する期待としては、「アニマルウェルフェアの重視」が66%で最大となった。アニマルウェルフェアに対しては過半の者がその対価を支払うとしている。次いで「公正な賃金」が64%、「品質」が63%、「環境」が52%、「農村地域への貢献」が51%、「透明性」が46%となった。

 今回の調査結果に対し、ドイツ連邦のクレックナー食料・農業大臣は、COVID-19による食習慣の変化は大きかったとした上で、「自国農業、地元からの食料供給の重要性が高まった」とし、「われわれはこの機会を生かすべきであり、食料はおいしく、健康的であるだけでなく、可能な限り持続可能に生産されるべきである」とした。
 

(2)食品サプライチェーン短絡化の推進(フランス)

 フランスの農業政策の一つとして、持続可能な農業振興のための食品の「短絡流通」(Circuit court)の推進が挙げられている。フランス農業・食料・漁業・農村省によると、「短絡流通」とは、食品のサプライチェーンの短絡化のことで、「生産者から消費者への直接販売もしくは生産者と消費者間の仲介を一つ以内とする農産物の販売方法」と定義されている。
 このたび、「短絡流通」研究の第一人者である国立農業・食品・環境研究所(INRAE)のユナ・シフォロー主任研究員にリモートで話を伺った。なお、INRAEは、国立農学研究所(INRA)と国立農業環境科学技術研究所(IRSTEA)が合併し、農業・食料と環境の専門研究機関として2020年1月1日に設立された組織である。

 同主任研究員はまず、COVID-19は「短絡流通」の進展に大きな影響を与えたとした。具体的には、外食や学校給食向けなどの流通が閉ざされたにもかかわらず、屋外市場(マルシェ)や直接販売などによる農産物の流通は、COVID-19の影響下で最も需要が高まったという。なお、「短絡流通」には、フランスで代表される産消提携であるAMAP(小農農業維持協会。詳細は後述)やオンライン販売なども含まれる。統計によると、2010年時点で国内全生産者の5分の1に当たる約10万戸が「短絡流通」を実践しており、国内農産品流通量の15〜20%を占めていると推定されている。
 COVID-19の影響下にあって、野菜、果物、食肉、乳製品、鶏卵といった生鮮品の「短絡流通」が進展した理由は、安全・安心、鮮度、品質、健康志向などの他、地元経済への貢献といった面があるとした。
 同主任研究員は、「COVID-19の収束以降も、『短絡流通』の市場拡大は進むであろう」との見解を示した。要因として、消費行動の変化だけでなく、若手農業者を中心に生産者側もその傾向を強めているとした。また、政府としてはそのためにさらなる消費者教育(特に学生向け)や中規模生産者の同市場への参入が重要であるとした。
 
<産消提携運動>
 ここでは、前述のAMAPについて少し深掘りしたい。AMAP(Association pour le maintien d’une agriculture paysanne)とは小農農業維持協会と訳される組織だが、そのルーツは日本にある。産消提携運動として高度成長期に食の安全を求める日本の消費者組合が1970年代に始めた、消費者と小規模生産者の提携により農産物を直接購入する取り組みを参考にしている。
 経緯は割愛するが、この産消「提携」は、“TEIKEI”という言葉でフランス、ドイツ、オーストリア、スイスなどを中心に広がった。これらの国の生産者(特に有機生産者)を訪問すれば、高い確率で“TEIKEI”話に花が咲く。

 
 AMAPは、前述の「短絡流通」と呼ばれる食品サプライチェーンの短絡化の取り組みの代表例である。有機農業を中心とした小規模生産者の農産物に対し、地元消費者が公正な費用を前払いし、直接購入することで、共に支え合うという概念の下で組織化されている。対象品目は、果物、野菜、鶏卵、チーズ、食肉などであり、この取り組みはフランス全土に広がりを見せている。
 以上、ドイツとフランスの事例から、COVID-19は、消費者が農業そのもののあり方を見直すきっかけになった他、地産地消などに対する意識を高めるなど、消費者行動に変化をもたらしたことがうかがい知れる。さまざまな制限がある中、生産者の顔が見えることで、地元経済や社会とのつながりを感じることができ、消費者は産直や地産地消へ強い意識を持つようになったのではないだろうか。

5 おわりに

 欧州委員会のボイチェホフスキ農業・農村開発担当委員は2020年3月25日、「われわれが前例のない危機に直面している中、生産者らが絶え間なく努力を続けてくれていることに対し、これまで以上に感謝している」とCOVID-19の影響下にある農業および食品関係者らへ最大限の敬意を表した。当時、欧州委員会本部のあるベルギーはロックダウンの最中であった。ロックダウン中、ベルギーでは20時になると、住民が窓やベランダなどから外に向かって感謝の意の拍手をする習慣が広がっていた。その拍手の先は、医療従事者などの他、生活に欠かせない食料品を届けてくれる生産者をはじめとした食品サプライチェーンに関わるすべての人々が対象であったと認識している。
 その後、ロックダウンなどの規制は徐々に緩和されたが、状況は改善したのであろうか。欧州委員会は同年11月に発表した秋季経済予測で、EUにおける同年の域内総生産(GDP)の実質成長率をマイナス7.4%とした。これは、2008年のリーマンショック時のマイナス4.3%を上回る減少幅となっている。直近では、一部の加盟国で感染第2波などが確認され、2度目、3度目のロックダウンが実施されるなどしており、今後の成長予測については、高い水準で不透明性とリスクが含まれる。
 欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、「互いに気を配り、助け合う必要性」を訴える。COVID-19は、EU域内の国民が農業のあり方や食品、農産物の重要性などを見直す機会となり、消費者行動に変化をもたらした。産直や地産地消などに対する意識の高まりの理由の一つに、地元経済への貢献(助け合い)があったのは、生産側から見ても大きな変化であるように思う。一方、第2波などの程度を含め、今後のCOVID-19の拡大状況を予測することは極めて困難であり、支援策なども含めた不確定要素も多く、今後の畜産物需給の展望を見通すには相当な注意が必要であることは間違いない。
 大きな危機からグリーンリカバリーという形での復興を目指すEU畜産業界の展開には、国際化が進む昨今、日本をはじめ多くの国で参考になる点も多いのではないだろうか。COVID-19の終息を心から願う。

(大内田 一弘(JETROブリュッセル))