畜産 畜産分野の各種業務の情報、情報誌「畜産の情報」の記事、統計資料など

ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > 豪州の農畜産物需給見通し 〜2022年豪州農業需給観測会議などから〜

海外情報 畜産の情報 2022年5月号

豪州の農畜産物需給見通し 〜2022年豪州農業需給観測会議などから〜

印刷ページ
調査情報部 阿南 小有里

【要約】

 豪州農業資源経済科学局(ABARES)は2022年3月、豪州農業需給観測会議を開催し、この中で牛肉、乳製品などの需給見通しが以下の通り示された。
(牛肉)
 21/22年度の肉用牛価格および肉用牛関係総産出額は過去最高を記録すると見込まれている。牛肉生産量は、出荷頭数の減少や食肉サプライチェーンの労働力不足などから同年度にはわずかに減少すると見込まれているが、その後これらが解消に向かうことから増加し、23/24年度をピークに減少に転じる見込み。牛肉輸出は、発展途上国の所得向上による需要増や中国の堅調な需要、対米輸出が23年に実質無税となることなどによりおおむね堅調に推移すると見込まれている。
(牛乳・乳製品)
 生乳生産量は、21/22年度は乳用牛増頭の鈍化や気象条件からわずかに減少し、その後も中国の乳用牛生体需要を受けて増頭が進まないことなどから減少傾向で推移すると見込まれている。乳製品輸出は、生乳生産量の減少から低下するものの、世界の需要に支えられて一定程度のレベルを維持して推移すると見込まれるが、中国の生乳生産コストの動向が鍵を握るだろう。

1 はじめに

 2022年3月1〜4日の4日間にわたり、豪州農業資源経済科学局(ABARES(注1))による2022年豪州農業需給観測会議(以下「アウトルック」という)が開催された。今回は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を考慮し、昨年に引き続きオンラインでの開催となったが、豪州をはじめとする全世界から2000名を超える生産者、研究者、産業界代表者、政府関係者らが参加し、「革新と持続可能性を通じた豪州農業の成長」をメインテーマに12のセッションが行われた。また、各セッション内では3〜5名のパネラーが講演し、アウトルック参加者からの質疑応答などを中心に議論が交わされた。
 本稿では、アウトルックに合わせて公表されたABARESによる2021/22年度および今後5年間(2022/23〜26/27年度。以下「見通し期間」という)の豪州の牛肉および牛乳・乳製品の需給動向分析およびアウトルックで発表された特筆すべき話題について報告する。
 なお、ABARESは、世界経済のCOVID-19のパンデミック(世界的大流行)からの回復の度合いに応じた二つのシナリオ(経済回復が早いシナリオ、遅いシナリオ)に基づき予測している。本稿では、前述の需給動向分析に倣い、22/23年度は「経済回復が早いシナリオ」の数値を、23/24年度以降は両シナリオの数値の単純平均を掲載するとともに(注2)、適時、各シナリオの動向を紹介する。また、放牧を主体とする豪州の畜産業は気象の影響を受けやすい特徴があり、両シナリオが前提とする気象条件は共通して、「平均的な気象条件からスタートするが、見通し期間中の1年間は干ばつのような非常に乾燥した状況に陥った後に徐々に回復し、見通し期間終期には平均的な気象条件に戻る」という流れであるが、干ばつ様となる時期に差異がある。具体的には、「経済回復が早いシナリオ」では23/24年度に干ばつ様の状況に陥るとしているのに対して、「経済回復が遅いシナリオ」では24/25年度としている。しかしながらABARESは、いずれも過去20年間の観測結果に基づいた現実的な気象条件であるとしている。
 なお、豪州の年度は7月〜翌6月であり、為替レート(注3)は、1豪ドル=94.00円、1米ドル=123.39円を使用した。
 

(注1) 農業・水・環境省の組織であり、農畜産物の需給見通しや生産者の経営動向などの情報を収集、分析、公表している。
(注2) ABARESは、2022/23年度は「経済回復が早いシナリオ」の発生確率が高いと考えられるため当該シナリオの予測値を採用するが、23/24年度以降は不確実性が高いため、両シナリオの単純平均値を採用するとしている。
(注3) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2022年3月末TTS相場。

2 冒頭あいさつ

 アウトルックの開催に当たり、豪州連邦政府のデビッド・リトルプラウド農業・干ばつ・緊急事態管理担当相(以下「農業相」という)がビデオメッセージを通じて冒頭のあいさつを行った(写真1)。主な発言は以下の通り。
 •今年度(2021/22年度)の豪州の農業は、総じて恵まれた天候と農業者の努力に支えられ大きな成功を収めており、農業総産出額は810億豪ドル(7兆6140億円)と過去最高額に達する見込み。
 •バイオセキュリティは世界広範に及ぶ脅威と認識しており、連邦政府はこの対策として、11億豪ドル(1034億円)以上の予算を投じている。今後は、従来の取り組みに加えてインテリジェンス(情報収集)とテクノロジーを融合した対策を行う。例えば、利用がより増加すると予想されるコンテナの履歴追跡や、世界初の3D・X線技術と人工知能を用いた小包のセキュリティーチェックなどを進めていく。
 •さらに、生物多様性やカーボンニュートラルに向けた取り組みを進めており、豪州の農業はこの分野で世界の先頭に立っている。これらの取り組みにより、例えば豪州から輸出される牛肉や羊肉には、他国にはない付加価値が付与されることになる。
 •また、農業に対するさまざまな支援やデジタルプラットフォームの立ち上げを通し、次の世代となる若者の農業への参入を促すよう努めている。
 •今日、豪州の農業は、気象条件や商品価格で有利な立場にあり、農業総産出額1000億豪ドル(9兆4000億円)とする目標に向けて改革を行うべき時である(注4)

(注4) 豪州連邦政府は、2030年までに農業総産出額を1000豪ドルとする目標を掲げている。
 

3 牛肉および肉用牛

(1)肉用牛飼養頭数

 豪州の肉用牛飼養頭数は、干ばつが発生した際には淘汰とうたが進むことで減少し、その後気象条件の回復に伴い増加に転じる傾向がある。
 2019/20年度は、主要畜産地域である豪州東部を中心に前年度からの広範囲な干ばつの影響が残ったことから、過去30年間で最低となる2114万頭(注5)(前年度比5.5%減)にまで落ち込んだ(図1)。しかし、その後は、一定の降雨など気象条件の改善から20/21年度には2151万頭(同1.7%増)とわずかに回復した。21/22年度に入ってからは、豪州東部の大部分で例年よりも多い降水量が記録され、牧草の生育に好ましい気象条件であったことなどから牛群再構築が進展し、22年6月時点の飼養頭数は2275万頭(同5.8%増)と過去10年で最大の伸び率が見込まれている。今後、降水量は平均的な水準に戻ると予測されるため、牛群再構築の勢いは鈍化するものの、22/23年度には2377万頭(同4.5%増)になると見込まれている。

(注5) 各年度6月30日時点(2019/20年度であれば、20年6月30日時点)の飼養頭数。図では分かりやすさの観点から年で示した。後述する乳用牛経産牛頭数(図6)も同じ。

 

(2)と畜頭数および牛肉生産量

 2021/22年度は、牛群再構築のための雌牛保留やCOVID-19に起因する食肉サプライチェーンでの労働力不足などから、と畜頭数は621万頭(前年度比6.2%減)、牛肉生産量は188万トン(同2.5%減)といずれも前年度からの減少が見込まれている(図2)。なお、牛肉生産量については、過去12カ月のと畜頭数が少なく、長期間の肥育による1頭当たり重量の増加から、と畜頭数ほどは減少しないと見込まれている。
 22/23年度には、これまでの牛群再構築により一定の飼養頭数が確保されたことで市場に流通する肉用牛頭数が増加し、また、労働力不足が一定程度緩和すると予測されることなどから、と畜頭数は713万頭(同14.8%増)、牛肉生産量は206万トン(同9.5%増)といずれもかなり増加すると見込まれている。
 23/24年度以降の見通しとして、24/25年度(と畜頭数789万頭:同1.4%増、牛肉生産量228万トン:同1.4%増)までは増加傾向であるものの、その後は、気象条件が悪い年の影響(注6)が顕在化することなどから、と畜頭数、牛肉生産量ともに減少傾向で推移すると見込まれている。
 なお、食肉サプライチェーンの労働力は、国境が再開され、サプライチェーンの混乱が解消されるにつれてCOVID-19流行以前の水準に戻ると見込まれている。

(注6) 干ばつなど気象条件が悪化すると、牧草の確保が困難になることなどから牛群再構築の速度が鈍化し、出荷頭数(と畜頭数)が増加する傾向にある。このような場合、雌牛など比較的軽量な牛もと畜されるため、と畜頭数に比べて牛肉生産量が伸びない傾向がある。また、気象条件が通常に戻った際には、雌牛を中心に出荷が控えられ、牛群再構築が図られる傾向がある。

 

(3)肉用牛生体価格

 2021/22年度の家畜市場の肉用牛平均取引価格は、牛群再構築の伸展による出荷頭数の減少などから、過去最高の1キログラム当たり789豪セント(742円、前年度比13.9%高)と見込まれている(図3)。この肉用牛価格の歴史的な高騰により、同年度の肉用牛関連の総産出額も157億豪ドル(1兆4758億円、前年度比9.7%増)と過去最高額が見込まれており、農業全体の総産出額が過去最高額(810億豪ドル、7兆6140億円、同17.4%増)となる一因として挙げられている。
 22/23年度は、平均的な降水量から前年度に比べると牛群再構築が鈍化し、若齢牛需要の減少などから同711豪セント(668円、同9.0%安)とかなりの程度の下落が見込まれているが、下落してもなお、過去10年の平均価格に比べると高い水準となっている。
 23/24年度以降は、干ばつ様の状況に陥る年度(「経済回復が早いシナリオ」では23/24年度、「遅いシナリオ」では24/25年度)には価格が下落するが、見通し期間の終盤には、世界がより安定した経済状況に戻り牛肉需要が増加することや、平均的な気象条件により農家が牛群を維持できるようになることから価格は回復するとしている。この結果、見通し期間の最終年度である26/27年度には同804豪セント(756円、同6.1%高)と8豪ドルの大台に乗ると見込まれている。


 
 今回、アウトルックの家畜に関するセッションに登壇したオランダの農協系金融機関ラボバンクの市場分析担当であるギロレイ・バード(Gidley-Baird)氏は、直近の肉用牛価格の状況について、好調な価格を背景に生産者が農場への再投資を検討しているため、持続可能性の要素を活用したプレミアムのある肉牛生産を促進できる環境が整っていると分析している。ただし同氏は、持続可能性を訴求したプレミアムにより得られる付加価値は必ずしも高価格帯で売れるということではなく、新しい市場へのアクセス、ブランド評価の向上なども含めて捉える必要があるとしている。

 

(4)牛肉輸出

 見通し期間中、主要輸出市場の経済は緩やかなプラス成長が予測されることから、世界の牛肉需要は増加すると見込まれている。また、シナリオ次第で時期は異なるものの、発展途上国も同様に、所得の向上と都市化の伸展から牛肉消費の増加傾向が続くとされている。ただし、「経済回復が遅いシナリオ」の場合、発展途上国では所得の向上に時間を要することから、低価格帯の牛肉輸出および生体牛輸出(後述)に影響が生じる可能性があることを挙げている。また、中国については、中国国内でのアフリカ豚熱の発生により減少していた豚肉生産の回復後も、牛肉需要が引き続き堅調であること、さらに、所得向上などによる牛肉需要の増加傾向が継続していることから、見通し期間を通して旺盛な需要が見込まれるとしている。
 一方、米国については、2023年までは、米国内での牛群縮小傾向から加工用の輸入牛肉需要は弱まると見込みつつも、米国での牛肉価格の高騰と為替レートの低下が豪州産牛肉の対米輸出に有利に働くとしている。併せて、23年から対米輸出に係る関税が実質無税となることにも期待を寄せている。また、24年以降は、米国内での牛群再構築が進展するため冷凍牛肉の需要が増加するとしている。なお、日本については、「日本と韓国についても見通し期間を通して比較的強い需要が維持持される見込み」とし、韓国とともに一文のみ触れられている。
 このような中にあって、牛肉生産量の増加と国内の肉用牛価格の下落により、豪州産牛肉の国際競争力は高まると予測しており、牛肉輸出量(船積重量ベース)は、21/22年度に104万トン(前年度比5.9%増)、22/23年度は110万トン(同5.4%増)と順調に増加し、見通し期間の最終年度である26/27年度には、いずれのシナリオにおいても、120万トンの大台を超えると見込んでいる(図4)。
 なお、冷蔵コンテナ不足やコンテナ価格の上昇などの世界的なサプライチェーンの混乱はいまだに続いているものの、「経済回復が早いシナリオ」では比較的早期に解消されると見込んでいる。

 

(5)生体牛輸出

 2021/22年度の生体牛(と畜場直行牛および肥育もと牛)の輸出頭数は、65万頭(前年度比16.8%減)と大幅な減少が見込まれている(図5)。この要因についてABARESは、牛群再構築の影響(市場に出回る頭数不足、豪州国内の肉用牛価格高騰など)により豪州の輸出生体牛価格が高騰したことや、COVID-19パンデミックに伴う景気減速で所得が減少し、主要市場である東南アジアの需要が縮小したことを挙げている。23/24年度以降の予測として、平均的な気象条件となることで生体牛市場への供給頭数が増え価格が下がると見込まれることや、経済回復に伴い需要者の所得が向上すると見込まれることから、見通し期間を通じて増加傾向で推移するとしている。
 また、主要市場の一つであるベトナム向け生体牛輸出のライバルとして、ブラジルが挙げられている。今後、豪州の価格が低下するに従って両国の生体牛の価格差は縮小するとしており、輸送コストと頭数確保が競争力のキーになるとみている。
 生体牛輸出については動物福祉の観点からさまざまな意見があるが、今回、アウトルックの家畜に関するセッションに登壇した豪州の生体牛輸出会社であるライブストック・コレクティブ社のルードマン(Ludeman)氏は、一般を対象とした生体牛輸出に関するアンケート調査結果を報告した。この中で、回答者の72%が「生体牛輸出は豪州経済に大きく寄与している」と認識しているにもかかわらず、「今後生体牛輸出を継続するべきか」や「生体牛輸出産業は社会の声に耳を傾けているか」などの設問に「どちらでもない」と回答した割合が3割に上ったと紹介し、豪州国民の大多数は生体牛輸出について強い意見を持っていないとした。その上で、今後、生体牛輸出が社会に受け入れられるためには、動物福祉への対処や海外の食料供給への貢献など生体牛輸出に係るストーリーを共有し、社会の懸念に応えることが必要であると強調した。

4 牛乳・乳製品

(1)乳用経産牛飼養頭数および生乳生産量

 近年の乳用経産牛飼養頭数は、度重なる干ばつなどにより減少傾向で推移してきたが、ABARESによると、昨今の肉牛価格の高騰と労働力不足から、小規模の酪農家を中心に労働集約度の低い肉牛生産に転換する動きが見られるという。
 このような中、2021/22年度は、牛肉価格の高騰などから酪農家の増頭意欲が低かったことや下半期の気象条件などから、乳用経産牛の飼養頭数は135万頭(前年度比2.5%減)、生乳生産量は877万キロリットル(903万トン相当、同1.0%減)といずれも減少が見込まれている(図6、7)。
 22/23年度は、牛肉価格が歴史的に高い水準であることや中国からの乳用牛の生体輸入需要が堅調と予測されることなどから、飼養頭数は132万頭(同2.5%減)と減少が見込まれている。ただし、各酪農場の貯水量と飼料備蓄量が十分であることから1頭当たり乳量が増加し、生乳生産量は888万キロリットル(914万トン相当、同1.2%増)とわずかな増加が見込まれている。
 中国からの乳用牛の生体輸入需要については、中国の生体牛輸入頭数の4割弱を出荷するニュージーランド(NZ)(注7)が、動物福祉の観点から23年までに生体牛の海上輸出を禁止すると発表していることで、現在、NZが担っている輸出頭数が豪州にシフトすることへの期待も含まれているとみられる(注8)

(注7) 乳用牛に加え、繁殖用およびと畜用肉用牛も含む2020年の生体牛輸入の総頭数。詳細は、『畜産の情報』2022年2月号「中国の生体牛輸入の現状と課題」3生体牛の輸入状況(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001955.html#title4)を参照されたい。
(注8) 海外情報「2023年までに生体牛の海上輸送輸出を禁止(NZ)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002929.html)および海外情報「生体家畜の海上輸送輸出を継続(豪州)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002936.html)を参照されたい。




 また、豪州の酪農現場の変化として、20/21年度にロボット搾乳システムの導入数が急増したことが紹介されている。これについてABARESは、同システムは動物福祉や労働効率向上などに寄与するとした上で、同年度に導入数が急増した理由を、好調な乳価などから過去3年間の酪農家の経営が高収益となり、可処分所得が増えたためと分析している。
 

(2)乳製品輸出

 2022/23年度までは輸送コストの高騰と物流の混乱が続き、乳製品の仕向け先が必要な時期よりも前倒しして商品を確保しようと動くため、同年度の輸出量は減少するものの、仕向け先からの需要はより高まると見込んでいる(図8)。その後は、国内の生乳生産量の減少から輸出量は減少するものの、健康増進を目的に国民への乳製品消費を推奨している中国の動きなどから、乳製品の需要は堅調と見込んでいる。このため、豪州の乳製品輸出は一定程度で堅調に推移するとしている。また、日本については、26/27年度の所得が現在より向上していると仮定すると、チーズのような高価格帯製品の需要が高まることが見込まれるとしている。
 

 なお、ABARESは、中国の生乳生産コストが豪州産乳製品輸出のカギを握るとみている。現在、中国では、飼料価格の高騰などにより生乳生産コストが歴史的な高水準に達しているため、中国産乳製品に対し、輸入乳製品の価格競争力が高くなっている。このことが、中国の豪州産乳製品に対する強い需要につながっているとしている。しかし今後、トウモロコシおよび大豆の世界的な供給量が増加し飼料価格が低下した場合には、中国国内の生乳生産コストが下がるため輸入需要が低下し、豪州産乳製品の輸出も減少する可能性があるとしている。
 

(3)乳製品国際価格

 乳製品の国際価格は、世界的な生乳のひっ迫基調に伴い上昇基調にある。このような状況にあって、見通し期間前半の世界の生乳生産量は、飼料や肥料などの投入コストの高騰と労働力不足から低迷するものの、見通し期間後半には緩やかな回復が見込まれている(図9)。しかし、メタンガス排出量の削減などから世界の乳用牛飼養頭数が着実に減少すると予測される中で、生乳生産量が大幅に回復する可能性は低いとみられることで、乳製品の国際価格は引き続き上昇基調での継続が見込まれている。


 

(4)生産者乳価

 2021/22年度の生産者乳価は、1リットル当たり58.0豪セント(55円、前年度比10.1%高)と見込まれている(図10)。この要因についてABARESは、世界的な生乳生産量の減少と豪州産乳製品への需要により輸出価格が高騰したため、乳業各社が生乳確保に向けて生産者に提示する乳価を引き上げたためとしている。なお、22年3月および6月にさらなる生産者乳価の引き上げを予測している。
 
 
 22/23年度は、中国向け乳製品輸出量が多いNZの生乳生産に余力がなく、中国の旺盛な輸入需要に応えられないことなどから豪州産乳製品の需要が高まり、生産者乳価は同59.5豪セント(56円、4.9%高)になると見込んでいる。その上で、22年6月1日に公表される当初乳価(注9)についても、一定量の生乳を確保したい乳業の思惑から過去最高額になるとしている。
 なお、当初乳価の公表は、乳価の透明性向上のために取り入れられた仕組みであるが、アウトルックの乳製品に関するセッションでは、一般参加者から、21/22年度の当初乳価公表時に、乳業各社が他社の公表価格を参考に度重なる引き上げを行った(注10)ことに触れ、「透明性を向上させるどころか、さらに混乱を招いた」との意見が寄せられた。この意見に対し、同セッションに登壇した豪州競争・消費者委員会(日本の公正取引委員会に相当する機関)副委員長のキーオ(Keogh)氏は、「一方向のみの変化(乳価引き上げ)であり、乳業各社が行動規範の枠組みの中で、生乳を確保するために行ったこと」とし、(今の段階で)是正の必要があるかは判断がつかないと返答した。
 このような中で、豪州連邦政府は3月3日、酪農家が生乳を公開市場で販売できるプラットフォーム「Australian Milk Price Initiative (AMPI)」(注11)が連邦政府の補助により立ち上げられたことを発表した。このプラットフォームについては、アウトルックの同セッションに登壇したAMPIディレクターのブリッグス(Briggs)氏からもその概要が報告された。同氏は、当面の間、毎月2回地域別に最大3年先までの生乳が取り引きされるこのプラットフォームの仕組みを説明した上で、「この定期的かつ透明性の高い仕組みで得られる乳価は、生乳の価値を測るベンチマーク(価値基準)を提供することができる」と述べている。また、リトルプラウド農業相も、「このプラットフォームにより、生乳販売先の選択肢が増えるとともに、酪農家は長期的に乳価を固定することができ、乳価の透明性も高まる」とのコメントを公表している。

(注9) 年度当初に乳業各社などが設定する生産者支払乳価の最低価格。「酪農業界における行動規範(Dairy code of conduct)」に基づき、毎年6月1日までに公表することが義務付けられている。背景として、2015/16年度の終盤、当時の最大手マレー・ゴールバン社(現サプート・デーリー・オーストラリア社)と豪州フォンテラ社が、乳製品国際相場の下落を理由に年度当初分にさかのぼって乳価の引き下げを行い、多くの酪農家が困窮したことに端を発して検討・制定された。
(注10) 海外情報「乳業各社、2021/22年度の当初乳価を発表(豪州)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002965.html)を参照されたい。
(注11) 海外情報「国内初の生乳の市場取引を開始(豪州)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003207.html)を参照されたい。

コラム 豪州のカーボンニュートラル牛乳および小売業界での酪農の持続可能性への取り組み

 アウトルックの家畜に関するセッションに登壇したラボバンクのギロレイ・バード氏は、持続可能性を訴求した畜産物の例として、隣国・NZのカーボンニュートラル(注1)牛乳を挙げていた。
ここでは、豪州のカーボンニュートラル牛乳と小売業界での酪農の持続可能性に向けた取り組みについて紹介する。

(注1) カーボンニュートラルとは、環境中で、二酸化炭素の排出量と吸収量が同じである状態を意味する。カーボンニュートラルを維持するため、事業者などは事業活動などから排出される温室効果ガス排出総量を他の場所での排出削減・吸収量でオフセット(埋め合わせ)する(環境省ウェブサイト他から)。

1.持続可能性を訴求した牛乳(マレニー乳業)
 豪州では、やや高級な商品を扱うスーパーマーケットなどを中心にカーボンニュートラル牛乳が販売されている。しかし、商品の選択肢は多いとはいえず、豪州で最も人口の多い都市であるシドニーで一般によく見かける商品は、マレニー乳業の製品とされている。
 クイーンズランド州マレニー地方(シドニーから北に1000キロメートル)に所在するマレニー乳業は、気候変動に関心の高い消費者からの声を受け、2021年9月に認証機関であるClimate Activeのカーボンニュートラル認証(注2)を取得し、認証マークを付した牛乳を製造している。カーボンニュートラルを維持するため、同社は、直近14カ月間で同社が排出した2361トン分のオフセット購入などのために15万豪ドル(1410万円)を支出しており、現地取材に対し、非常に高額な活動ではあるが、環境に対する持続可能性への取り組みで差別化を図り、業界をリードしたいとしている。

(注2) 豪州政府公認のカーボンニュートラル認証制度。公式ホームページによると、2022年3月末現在、300以上の企業・団体などが認証を受けている。

  

2.小売業界での持続可能な酪農に向けた取り組み
(1)ウールワース
 豪州小売業界最大手のウールワースでは、酪農家が将来にわたって収益性を向上させ、持続可能な酪農業を行うための投資として、2020年11月に酪農革新基金(Woolworths Dairy Innovation Fund)を立ち上げ、豪州の酪農家の取り組みに対して継続的に助成金を拠出している。
 また同社は、農家への干ばつ救済のための支援として、18年9月よりプライベートブランド牛乳に1リットル当たり10豪セント(9円)の賦課金を導入しており、22年3月現在、ボトルに、「DROUGHT RELIEF MILK」(干ばつ救援牛乳)と表示され販売されている(注3)。なお、本取り組みは、昨今の潤沢な降雨および好調な乳価を受け、22年6月末までに段階的な廃止が予定されている。

(注3) 海外情報「豪州小売大手3社、1リットル1豪ドル牛乳の販売終了(豪州)」 (https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002444.html)を参照されたい。

(2)コールス
 業界第2位のコールスでは、温室効果ガスの排出ゼロなどを目指す「Together to Zero」という目標を掲げている。さらに、酪農乳業関係では、持続可能な酪農開発グループ(Coles Sustainable Dairy Development Group)を設立し、生産性やアニマルウェルフェアの向上などを目的に持続可能な発展のため、毎年、酪農家と協力して農場関連への投資を行っている。
 
  

5 おわりに

 今回示された需給見通しは、今後、豪州の気象状況が非常に恵まれた現状から平均的なものに戻ること、また、世界的な畜産物需要に対し供給が満たされていないことが繰り返し述べられた。アウトルックの各セッションでも、そのような状況下にあって、生産者を含めた畜産関係者が進むべき方向性へのメッセージが込められていたことを感じた。
 その一つがメインテーマともなっている持続可能性であり、持続可能性を訴求したプレミアム市場への移行など、「価格競争」から「価値の付加」への転換が提案されていた。ABARES理事のグリーンビル(Greenville)氏はアウトルック閉会のあいさつの中で、「消費者のニーズを満たすと同時に価値を提供することが、今後の豪州の農業を繁栄させるための核である」と述べるなど、豪州ならではの価値の重要性を強調していた。世界的な食料不足が懸念される中で、食料生産国・輸出国である豪州の意識の変化を目の当たりにするものとなった。
 なお、豪州では東海岸沿いを中心に2022年2月後半から断続的な大雨が続いており、3月4日現在、「1000年に一度」と言われる観測史上最悪の豪雨に見舞われている。現地報道によると、この豪雨で発生した洪水により、家畜が流されたり牧草が水浸しになったりするなど畜産関係の被害も発生している。ABARESは、アウトルック開催初日の3月1日時点で、この洪水が農業生産に与える影響を評価することは時期尚早であると述べるなど畜産への被害は現時点では明らかになっていない。しかし、洪水に見舞われた豪州東部は肉牛生産が盛んな地域であり、今回の需給見通しには織り込まれていないこれらの被害が、今後の見通しに影響を与える可能性は否定できない。この未曽有とされる洪水被害がこれ以上大きくならないよう祈るばかりである。

(参考)
現地報道によると、22年4月5日現在、畜産関係への甚大な被害は確認されていない。なお、詳細は海外情報「豪州東部の洪水による畜産業への影響」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003225.html)を参照されたい。