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―スマート農業がわが国の農業を救うためには―

スマート農業化への展望
―スマート農業がわが国の農業を救うためには―

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最終更新日:2023年7月10日

スマート農業化への展望―スマート農業がわが国の農業を救うためには―

2023年7月

元鹿児島大学農学部 教授 宮部 芳照

【要約】

 近年、全国各地でスマート農業が展開されているが、スマート農業化を進めるためには解決すべき諸課題がある。そこで、わが国を取り巻く農業環境の現況とスマート農業を普及・拡大させる必要性、スマート農業化へ向けて取り組むべき課題や対策について言及し、今後のスマート農業を展望した。その中で、サトウキビ農業についても、スマート農業化の必要性、スマート農業技術導入の現状と課題について解説した。

はじめに

 近年、全国各地でスマート農業が展開されている。農林水産省もスマート農業実証プロジェクトを通して、実証成果の現場実装に力を入れている。スマート農業は、ロボットやAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)などの先端技術を活用して超省力化、精密化、高品質生産を実現する農業である。

 例えば、耕種関係では、GNSS(全球測位衛星システム)利用によるロボットトラクターやプランター、ハーベスター、ロボットかんがいシステムなどで作業の効率・軽労化、高精度化を図り、またドローンセンシング(測定)による適切な栽培管理を行うとともに熟練技術の継承につなげるものである。

 以下、わが国の今後のスマート農業化への展望について解説する。

1.農地の集積、集約化が先決

 スマート農業の普及・拡大のためには、その前提として解決すべき課題がある。それは農地面積の拡大と()場の基盤・区画整備である。

 2022年の基幹的農業従事者数は123万人で1990年(293万人)の最多期から半減した。平均年齢は67.9歳、年齢構成は60歳代以上が97万人(79%)であり、中でも農業の中心的役割を担う50歳代以下の基幹的農業従事者は約25万人(21%)である(農業構造動態調査、2022年)。今後は、各年代層を含む全基幹的農業従事者そのものが大幅に減少し、約20年後(2040年)には約35万人になると予測しているデータもある(日本農業研究所、松下政経塾、2021年)。このように、農業を支える力が急速に減退する状況下においては、スマート農業の導入は不可欠である。

 また、わが国の農地面積は約437万ヘクタール(2020年)で、米国の約90分の1、フランスの約6分の1である。一戸当たりの平均農地面積は約3ヘクタールで、米国の約180ヘクタールの約60分の1であり、いかに狭隘(きょう あい)な農地が多いかが分かる。比較的に大規模化が進んでいる北海道の平場地域の一戸当たりの平均農地面積は約30ヘクタール(米国の約6分の1、都府県の約14倍)であり、この程度の規模であればスマート農業の利点の一つであるスケールメリットを生かした費用対効果も望める。しかし、中山間地域や狭隘でしかも起伏、傾斜地も多い都府県では利点を十分に生かしきれない。

 特に、南西諸島におけるサトウキビ栽培においては、各離島によって差があるものの、一筆(所有者)当たりの圃場区画面積が10〜20アール(0.1〜0.2ヘクタール)程度で狭く、しかも区画形状も悪く、機械化しにくい圃場が多く存在する。このような条件不利地域ではスマート農機の効率的稼動がかなり困難な状況にある。

 都府県においても、スマート農業技術を導入して精密・超省力生産を行うためには、農地の集積・集約化のみならず圃場の基盤・区画整備を加速化させることが先決であり、スマート農機・機器類の効率的稼働が可能な圃場環境の整備に今まで以上に力を注ぐ必要がある。例えば、田の整備状況をみると、30アール以上区画整備された面積は全体の約7割、そのうち50アール以上の整備面積は約1割程度である(農林振興局、2021年)。スマート農業の成否は、農地拡大と圃場の基盤・区画整備にかかっていると言っても過言でない(写真1、2)。

 ここで、サトウキビ栽培において、スマート農業の普及・拡大に必要な農地面積拡大について触れておく。鹿児島、沖縄両県のサトウキビ栽培面積は約2.85万ヘクタール(農林水産省統計部「作物統計」、2021/22年期)である。また、両県の耕地面積(田畑計)は約14.94万ヘクタール(農林水産省統計部「面積調査」、2021年)であり、その内、サトウキビ栽培面積は約19%(沖縄県は約48%)を占めている。このような状況下で、サトウキビ栽培面積は近年減少傾向にあり、スマート農業の普及・拡大に必要な面積拡大は容易でない。

 まず、担い手を含む労働力不足の解消に取り組みながら、耕作放棄地や遊休農地などの有効利用により面積拡大を図る必要がある。現在でも、農地中間管理事業などを介して農地集積・集約化のみならず耕作放棄地などの利用促進、発生防止に取り組まれているが進展が鈍い。とすれば、スマート農業技術や機械の効率的利用を図るために、特に小区画圃場が多く経営規模面積の小さい地域では、複数の地権者が持つ圃場の境界を超えて、あたかも一つの圃場かのようにして農地や機械などを効率的に管理運用する、いわゆるトランスボーダーファーミング(注1)的な運用法を取り入れて、スマート農機の稼働効率の向上を含むスマート農業のスケールメリットを生かすことも一策である。
 
(注1)2000年に南ドイツの畑作地域で始まったICTを活用し農機の稼動効率などを高める手法。栽培効率や農機の稼働効率を高めるため、隣接する複数の地権者の圃場を一つの大きな圃場とみなして管理する、いわゆる仮想的農地集約型の農機などの効率的な管理運用法。
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2.世界の穀物収量の大幅な減少

 日本を含む気候変動などに関する国際研究チームが、地球温暖化による気候変動と世界の穀物収量予測を昨年末発表した。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の気候変動予測データと収量モデルを用いたもので、前回(2014年)より信頼性の高いものになっている。

 一般に、子実を収穫対象とする穀類収量予測では、温暖化レベルが進むにつれて、特に気温が高い地域では負の影響が強まると予測されている。

 これによると、世界の穀物収量(特に、トウモロコシや大豆など)は気候変動の大きな影響を受け、このまま温暖化が進行すると、今世紀末の穀物収量は現在より大幅に減少するとし、その傾向は前回の予測時より10年以上早まると予測している。これは、世界人口の増加(今世紀末112億人と推定)と相まって深刻な世界的食料不足の到来が危惧される。

 サトウキビ生産に関しては、温暖化レベルが進むにつれて、インドでは茎重量は増えても糖収量は低下するとの予測が紹介されている1)。また、ブラジルでも糖収量は減少すると予測している2)。逆に、中国(南部)では降水量や日射量の増加と相まって糖収量は高まるとの見通しを示している3)。さらに、パキスタンでは糖収量は微増するとの研究がある4)。このように、サトウキビに関する予測研究は数例しかないが、一概にどうなるかをまとめるには困難である。なお、日本での研究事例は確認できない。

 政府は2050年までにカーボンニュートラル(CO2排出量を実質ゼロ)を目標に掲げ、30年度の温室効果ガス排出量を13年度比で46%削減に引き上げた。そのうち、3.5%分を農林水産分野が担い、「みどりの食料システム戦略」を踏まえて脱炭素農業の実現を目指している。目標達成には、有機農業の面積拡大(2050年までに100万ヘクタール)を含めて、圃場の基盤整備や耕作放棄地、遊休農地の有効利用を進め、スマート農業の進展と相まって自給食料の増産、安定供給につながることを期待したい。
 

3.気候変動に強い農業生産の実現

 今後、国民が安心して食料を享受できる持続可能な国内農業を確立させるためには、気候変動に強く、生産力を落とさない作物栽培技術の確立や品種の改良・開発と、現在強力に進められているスマート農業技術の開発は同時並行して研究に取り組むことが重要である。

 今回、高度にグローバル化した食料供給網は、世界的な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大やロシアによるウクライナ侵攻でいかに不安定で脆弱であるかが改めて浮き彫りになった。食は人間が生きていく上で必要不可欠であるが、わが国の食料自給率は、先進国の中でも最低水準にある。食料自給率の向上は、食料安全保障の面からみても待ったなしである。このことは、サトウキビ産業においても同様であり、砂糖の国内生産は、食料安全保障の面からのみならず、わが国の南西の国境付近に位置する南西諸島の経済活動を支えることは、国防の観点からも必要不可欠である。

 一方、わが国の農業就業人口の減少と高齢化の進行による農業構造改革は避けられない現況にある。構造改革のためには、圃場の基盤整備を基にしたスマート農業技術などの先端技術を組み込んだ機械化一貫体系の確立と農産物の加工、流通、消費のイノベーション(技術革新)による持続可能な食料生産システムへ転換することが必要である。これらのことが、新たな雇用の創出のみならずSDGs(持続可能な開発目標)の達成につながる。そのためには、実効性のある政策誘導が必要であろう。
 

4.スマート農業技術の現場実装を加速させるために解決すべき課題

 上述した農地の集積、集約化や圃場の基盤・区画整備などの他に具体的な解決すべき課題を以下に挙げる。

 (1)スマート農機・機器類の操縦・操作をさらに容易にすること(2)スマート農業に興味を持ち、機械・機器類を駆使し、新たなスマート技術を生かせる意欲ある担い手の育成(3)就農者や関係者による各地域の特性に合ったスマート技術の創意工夫(4)スマート農機・機器類の導入コスト、運用コストの削減および共有化の確立(5)費用対効果の検討(6)安全性の確保−などがある。その他、忘れてはならないことは、上述したスマート技術そのものの利活用による超省力化、高精度化のみならず、センシング技術で得たデータを蓄積・分析して農業経営の中に生かすことである。各経営体に最適な生産管理体制を構築するため、作業面積や作業方法、栽培品種、供給労働力などの分析に取得データを生かして経営改善につなげることの大切さをさらに啓発する必要がある。

 これらの課題解決なくしては、わが国農業にとって望ましいスマート農業化の実現は程遠いと考える。そのためには、官民挙げた努力が不可欠である。
 

5.サトウキビスマート農業技術の現場実装の具体例

 徳之島サトウキビ産業高度化プロジェクトは、鹿児島大学が2018年4月、産学・地域共創センターを設立して、IOTなど最先端技術を駆使した産業高度化プロジェクトとして、徳之島と大学が連携する形で始動させた。島内3町のサトウキビ圃場に気象観測機器(フィールドサーバー)を設置、役場内に観測データなどを閲覧できる先端農業実証ラボを整備して、21年度まで気象データや衛星画像などを集積し、超省力・高品質生産を実現させるスマート農業に関わる研究成果を活用した社会実装を目指すものである(図、写真3)。 

 フィールドサーバーは徳之島町、天城町、伊仙町の圃場に設置し、気温、湿度、風速、地温などを定時観測して2時間ごとに定点カメラで圃場を撮影した。気象データや圃場の写真、鹿児島大学で解析した人工衛星画像は、3町役場内の専用パソコンを通じ、糖業関係者が自由に閲覧できるシステムになっている。

 人工衛星画像やフィールドサーバーによる気象観測データ、定点カメラによる圃場写真の経時変化からサトウキビ生育状況を解析し、収穫量の予測、単収アップのための糖度分析、刈り取り管理による製糖工場の計画的稼働、畑かん利用促進などに効果を上げ、地域活性化に貢献した事業である。
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6.忘れてならない家族農業の存在と支援

 一方、国内農業経営体の中で90%以上を占め、わが国農業の基盤を支える中小規模の家族農業の存在も忘れてはならない。大規模なスマート農業経営体の創出を否定するつもりはないが、将来のわが国の農業を救うためには、大規模なスマート農業化のみが万能とはいえない。もちろん、家族農業に対しても最適な営農に向けた栽培や収量・品質管理、気象環境管理などのデータ収集・分析などのスマート農業技術の導入が必要である。これは、家族経営体が90%以上を占めるサトウキビ農業においても同様である。

 スマート農業技術でサトウキビ家族経営農業を救うためには、まず、小型サトウキビ農機のスマート技術化が不可欠である。小規模経営面積、小区画圃場の多い家族経営体では、依然として植え付けの一部や収穫作業の多くを人力と小型農機に頼っているのが現状である。例えば、2芽苗(注2)を人力投入する半自動型プランタ、人力投入小型脱葉機、小型脱葉搬出機、採苗用小型ハーベスタなど、小型スマート農機の開発を急ぐ必要がある。また、上述した収量、品質、気象環境管理などにスマート技術を導入する際、データ処理が容易にできることが重要である。特に、高齢者にも利用し易いデータ収集・分析システムを開発し、取得データを経営改善に生かすことが必要である。

 日本農学会シンポジウム(未来農学-100年後の農業・農村を考える-、2018年)においても、GNSSやAI技術によるドローンやロボット類を利用したいわゆるスマート農機類を導入した大規模な営農組織と伝統や文化を受け継ぐ中小規模の家族農業の2農業形態の存在を将来像としている。

 今後のこのような二極化したわが国農業の発展のためには、スマート農業の推進はもちろん必要不可欠であるが、一方で、家族農業に対する支援も必要であることを強調しておきたい。
 
(注2)サトウキビ茎を2節を含む長さに切断した25センチメートル程度の苗。
参考文献
1)Jaiswal, R., Mall, R. K., Patel, S., Singh, N., Mendiratta, N., & Gupta, A. (2023). Indian sugarcane under warming climate: A simulation study. European Journal of Agronomy, 144(June 2022), 126760.
2)Dias, H. B., Sentelhas, P. C., Inman-Bamber, G., & Everingham, Y.(2021). Sugarcane yield future scenarios in Brazil as projected by the APSIM-Sugar model. Industrial Crops and Products, 171(February), 113918.
3)Ruan, H., Feng, P., Wang, B., Xing, H., O’Leary, G. J., Huang, Z. Liu, D. L. (2018). Future climate change projects positive impacts on sugarcane productivity in southern China. European Journal of Agronomy, 96, 108-119.
4)Farooq, N., & Gheewala, S. H. (2020). Assessing the impact of climate change on sugarcane and adaptation actions in Pakistan. Acta Geophysica, 68(5), 1489-1503.
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