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南西諸島の製糖工場における働き方改革:二つの方向性

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最終更新日:2024年3月11日

南西諸島の製糖工場における働き方改革:二つの方向性

2024年3月

東京農工大学 大学院農学研究院 教授 新井 祥穂
鹿児島大学 学術研究院農水産獣医学域農学系 教授 坂井 教郎
農林水産省 消費・安全局総務課 山本 拓樹


 

【要約】

 本稿では働き方改革の本格適用を控えた製糖工場の二種類の対応を整理した。第一に、生産手段を増強する方法として、統合生産制御システムの導入と製造工程統合、人員配置の工夫を通じた多能工化が確認された。第二に労働力を増強する方法では、正社員や季節工の獲得困難から特定技能外国人材の確保が、送り出し国の支援の充実も背景としながら、有望視されていた。
 

はじめに

 南西諸島の製糖工場は、国産糖生産に不可欠の一工程を担うと同時に、地域経済の一つの柱として機能してきた。それらは、立地する地域の諸相、そしてわが国の経済社会が直面する状況を受けながら、都度、活動や組織の変革を行ってきた。今般、令和6年度の本格適用を目前に控えたいわゆる「働き方改革」によって、変革を迫られている。

 働き方改革は改正労働基準法の目玉であるが、時間外労働に限度(月45時間、年360時間、複数月平均80時間)が設けられたことで、収穫期間に集中的に操業する南西諸島の製糖工場各社は、その是正に苦心している。従来広くみられた、製糖期に季節工を雇用し二班二交替制で操業する方法では、法令を遵守できないため、例えば三班三交替制、あるいは三班二交替制への転換が求められる。しかしこれは、労働力側にとっては製糖期間中の総賃金の減少につながり、工場側にとっても、求人時のアピールポイントの後退と、それにもかかわらず多くの労働力を確保する必要性を意味する。このような中で各製糖工場はどのような対応を編み出したのか、そしてどのような状況のもとでそれが選択されているのか。これらの連関を基礎的情報として提供することが本稿の目的である。

 報告に当たり、働き方改革適用に向け早期に対応を行った2製糖工場に、2023年9月に聞き取りを行い、その具体的な内実と変革をもたらした条件、なお残る課題などを整理した。

1 変革の方向性と聞き取り対象の位置づけ

 働き方改革そのものは極めて今日的な事象であるが、その本質にある「資本が、労働力を延長して利用できない」という事態は、産業の歴史の中で繰り返し経験されてきた。このような時にどのような対応がとられてきたのか、以下、経済学がわれわれに教えてくれるところをみてみよう。なおここでは、業務の範囲を再検討する「外部化」は考察の外におく(注1)

 第一は、工場の機械設備など「生産手段」を高度化することである(「有機的構成の高度化」とも呼ぶ)。このように、新しい技術の普及によって必要な労働力を削減するやり方は、労働力利用に制限がかかる(例えば、労働法による労働時間の制限や、賃金の高騰によって)時期の、定番の対応といってよい。第二には「労働力」に関する変更で、特に労働力の給源を変更し、その量的確保を容易にするやり方である。歴史を振り返っても、例えば異なる産業部門からの労働力移動を促したり(代表的なものとして、農業から工業への労働力移動)、移民労働力を受け入れたり、ときに資本が労働力の存在する場所へ生産拠点を部分的に移転する(直接投資)こともある。労働力の増加は労働者間に競争をもたらすことでもあり(「相対的過剰人口」とも呼ぶ)、経営側にとっては賃金の高騰を回避することにつながる。

 今般の働き方改革に関連した製糖工場の対応としては(注2)、工程統合と生産制御システムの導入が、第一の系譜に連なる。また第二の系譜としては、季節工を人材派遣会社からの派遣や外国人技能実習生に求める例があり、彼らの宿舎整備(就業条件の向上)、募集ウェブサイトの作成・改良も、その線上に位置づくだろう。これら各工場における設備・施設の整備などのための支援として、農林水産省や内閣府、厚生労働省の事業も用意されている(注3)

 以下では、製造全工程を集中制御室の管理下におくことで省力化を達成した、生和糖業株式会社喜界工場と、主として新しい類型の労働力の確保に努める、北大東製糖株式会社の二例を取り上げる。いずれも南西諸島における製糖工場の今後の参考事例となるであろう。


(注1)これは後述するように、製糖工場における労働力の主要部分は、製糖工場の中核的な施設・製造工程に配置され、それらは外部化の対象とはなりにくいと想定されることによる。
(注2)南西諸島の製糖工場における「働き方改革」への対応を伝えるものとして、中嶋ら(2020)2)、新井・永田(2022)3)がある。2023年7月時点での各製糖工場の対応状況は、農畜産業振興機構より入手した。本記述はこれらの情報を参考にしているが、内容理解に関する責任は執筆者の新井にある。
(注3)農林水産省の補助事業「産地生産基盤パワーアップ事業」「甘味資源作物産地生産体制強化緊急対策事業」が補助率6割で、内閣府(対象は沖縄県の工場のみ)の「沖縄製糖業体制強化対策事業」「沖縄振興一括交付金」が補助率8割で募集されたほか、厚生労働省の「働き方改革推進支援助成金(2023年〜)」が、賃金引き上げに対する補助(支給額は、申請者の属性や内容による)を用意している。
 

2 生和糖業株式会社

(1)改革の概要と労働力配置

 生和糖業株式会社(以下「生和糖業」という)は1959年に設立され、本社は鹿児島市、分(みつ)糖工場は鹿児島県喜界町(喜界島)にある。1日当たりのサトウキビ処理能力は900トン、1990年前後まではサトウキビの原料集荷が10万トンを超えることもあったが、2010年代後半からはおおむね6万トン台後半から7万トン台を推移している。

 生和糖業における省力化への取り組みは早く、1980年代には隣接する製造工程の統合が始まった(表1)。画期は2001年、清浄からクロマト処理までの工程統合に、Y社のCENTUM(センタム)と呼ばれる統合生産制御システムを導入したことで訪れた。従来は手動・目視で各装置を運転していたものを、計測器によるデータ測定、制御、回路作成(プログラム化)を通じ各工程を連結したのである。なお、センタム導入に当たり一連のセンサ、制御システム、バルブの交換は必要であったものの、槽や缶など製糖工場内の基本的な装置は従来のものを利用できた。その後同工場ではセンタムの適用領域を拡張していき、2021/22年期には原料投入から製品蔵入れまでがセンタムの一元的管理の下におかれた。これによって集中操作室1室に作業員が集合しながら監視・操作することが可能となった(写真1)。同室のPCに集約される製造情報はタブレット端末でも共有され、仮にエラーが起き現場に駆けつける事態となっても、端末を持ち出しそこから操作することが可能である。



 
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 作業員を工程・持ち場に割り振ることなく、集中操作室に集めることで、表1にみるように、製糖に必要な作業員数を徐々に減らすことに成功した(注4)。さらには個々の作業員の多能工化につながった。同工場ではセンタム導入前は個別に担当があり、導入後もしばらくは、各作業員は一製糖期中一工程に従事した。担当以外の工程に関しどこまで理解するかは、作業員の自主性に任されていた。現時点では、各作業員がさまざまな工程に関与し各種装置を一通り運転することができるよう促し、多能工化に向けた意識付けを行っている。具体的には、製造工程を担当する製造課の下に係をおくことをあえてやめ、製糖期開始時には作業員個々に今期「新たに」取り組みたい工程を宣言させている(注5)


(注4)これに当たっては、2000年前後に会社経営陣と労働組合との間で大きな交渉があった。経営陣は10〜20年後のビジョンを示し、人員の削減を、新規採用なしによってか、あるいは希望退職で実施するかが、争点となった。組合側が後者を選択する形で合意に至り、2004年には20数人の退職となった。なお同社経営陣は毎年来島し社員に決算を説明するなど、組合との合意形成を重視している。
(注5)同工場では試験的に、中堅の正社員の数人を対象に他工程に意識的に関わらせたところ、彼らの行為が全体にも好影響をもたらしたと判断し、全作業員にこれを適用したという。

 
 センタム下では、プログラムの異常による機械の停止もしばしば生じる。この時、その要因がなぜどこで生じ、必要な対応が何であるかが、多くの作業員に明白にわかることもあれば、システムを根本から理解している特定の者に判断を仰がざるを得ないこともある。後者の場合これまで50歳代後半(調査時点)の1人に頼ってきたが、彼の退職を控えてその部分を全員で担うことが求められている。

 また濃縮工程で用いる効用缶は、2〜3日に1回の洗缶作業が必要であるが、その際の缶の切り離し・つなぎは、完全自動化ができていない。各缶の圧力がつながっているため調整したり、時に時間短縮のために介入したりするのは、手動の領域である。

 製糖期には、正社員約10人・季節工2人ずつの班を三班作る。勤務形態は1直(7:30〜16:00)、2直(15:30〜24:00)、3直(23:30〜8:00)の三つのシフトが設定され、各班はこれをおおむね一週間を単位に移っていく(表2)。どの班にも夜間のシフトを入れるのは、夜間手当の機会を各人に行き渡るようにするためである。労働基準法を遵守し、12日間以上連続勤務は行わない、交替日(表2(1)と(2))には必ず12時間以上の休憩を取るほか、中間洗缶時に作業がない者は休みとするなどの対応をしている。この3直体制のもとで働き方改革の条件はおおむね達成できると確信しているが、懸念されるのは、(感染症などで)熟練工が勤務できない期間の対応やトラブル時の判断は、熟練工や特定の者に集中し、それが時間外労働時間80時間の制限に抵触する可能性がある点であった。これまで人材育成が進んでいなかったということでもあり、この反省が先述の多能工育成へとつながっている。




 季節工は日給制をとっており、時給換算すれば1200円程度(過去にも従事したことのある「リピーター」の時給は、評価により10〜50円加算される)、月額では20〜25万円程度(税込み)となる。2022/23年期は製造工程に6人が配置され、その内訳は60歳代以上3人、40歳代2人、20歳代1人で、いずれも男子で製糖期以外も島内に居住している(製糖期以外は農業、大工などに従事)。そのほか品質取引の工程に男子(50〜60歳代)4人、女子(40〜60歳代)5人がいるが、こちらも全員が島在住者であった。

 このほか業務の外部委託も進めている。当初から外部で運営されていた脱葉施設での作業以外にも、原料受入ヤードでの積み上げ作業(島内の建設業者に委託)、効用缶洗缶作業(島内の塗装業者に委託)、包装、資材運搬や製品出荷などが、島内の他業者に委託されている。ただし委託先でも労働力の不足感は否めず、包装については同工場がアルバイトを雇用し、さらに不足人員を同工場正社員が応援に当たり、実施している状況である。

(2)製糖工場における採用

 表1にみたように1988/89年期には、製造工程にいる作業員94人のうち3分の1以上の37人が季節工であったが、その後急速に減り(正社員よりも減少スピードは早かった)、2022/23年期では6人であった。同工場では将来的にはこれがゼロとなるとみなし、1980年代から準備を行ってきたが、その背景には、隔絶度のある離島部にあって、正社員にせよ季節工にせよ外部からの労働力参入を見込めず、そのため受入体制を構築していないという事情がある。

 調査時点で同工場の正社員は37人(製造課所属30人に加え、業務課3人、原料課4人)で、ほぼ全員が島の出身者である(島外出身者の社員も、妻が島の出身者)。先述の通り季節工も島在住者であるなど、その個人史において島と強い関わりのある者が労働力募集に応じている格好である。全くの外部からの参入者の場合、島内での住宅確保がネックとなる。過去には、島外から労働力を呼び込むための住宅整備を、工場で検討したこともあったが、その投資は効果に対して過大とみて採用せず、作業員が減少しても操業可能な体制構築に踏み切った。

 では島出身者ならば製糖工場への就業を目指すかというと、そのような状況ではない。毎年の正社員の募集にも、昨今は応じる者が少ないという。正社員のうち20歳代は5人のみである一方、58歳が7人いるなど近い将来の「大量退職」を控えており、定年後の再雇用(調査時点で3人)を行うのもこのためである。離島地域における製糖工場イコール有望な就業先という像1)に修正を迫る事態であるが、そのことは後ほど検討する。

3 北大東製糖株式会社

(1)改革の概要と労働力配置

 北大東製糖株式会社は1958年に設立され、本社は那覇市、分蜜糖工場は沖縄県北大東島にある。1日当たり360トンの処理能力をもつ同工場で毎製糖期1〜2万トンの原料を処理する。2023/24年期は92人での操業を予定しているが(表3)、この人数の多さには、食堂の運営や原料の搬入も含まれている。最大の人員を抱える(62人)製造工程は、正社員18人に対し、季節工24人、特定技能外国人材(以下「特定技能」という)20人と、数の上では非正規の作業員主体で構成されることになる。

 同工場が特定技能外国人材制度を初めて活用したのは2022/23年期で、「飲食料品製造業」分野で働く在留資格を有するインドネシア国籍の20歳代・40歳代10人(男子8人、女子2人)を、季節工として採用した。そのうち7人が製糖期後も工場に残る意思を示したことで、同社は彼らを契約社員に切り替え、工場内部の整備などに従事させ次の製糖期を待っている。

 表3にみるように製造工程には、全体を統括する6人の正社員と、この期から本格的に三直二交替制を組む予定のA〜C三班からなる。後者は一班18〜19人からなり、正社員、季節工、特定技能を偏りなく含む。班の中で各自が担当する工程が一つ決まっており、基本的には一製糖期間を通じて変更しない。担当に慣れることで効率的に動くことができ、逆に現在の工程で多能工にするならば工場側の管理が複雑になると、工場では認識している。ただし将来的には工程を統合しチームで担当することを検討している。季節工や特定技能はそのほか、総務(食堂の運営含む)、農務(原料搬入、原料の計量、サンプリング、トラッシュなど)にも配置されている。

 製糖期間中、正社員は昼勤のみか、工務の班に配置されれば5勤1休または4勤2休となる。季節工も、農務に配置されれば8時間勤務、工務ならば4勤2休か、6勤1休となり、夜勤も含む。農務か工務か、あるいは工務の中のどの班に配置されるかで勤務形態に差があり、そこからくる賃金差を不満として製糖期途中で退職した季節工がいた。これを受けて、未経験者は930円でスタートする時給(リピーターには加算)を、夜勤がない品質取引担当の作業員については時給1000円開始に設定している。また農務の原料搬入担当の賃金は搬入量に応じて決まるが、期待通りの仕事と賃金がないことを不満として退職した季節工がいた。一方、2022/23年期が第一期に当たる特別技能からは、勤務形態、賃金水準に関する大きな不満は寄せられていないようである。



 

 契約社員でない特定技能はもちろん、季節工も1人を除き全員が、製糖期以外を島外で暮らす。外部からの臨時労働力を受け入れるため同社では、彼ら専用の宿舎を2022年に完成させた(写真2)。内部は個室の設計で、入居者は光熱水道費込みで一月当たり7000円を負担し、食事は3食一月当たり2万円で提供される。他方で、彼らの受け取る賃金は月額で特定技能17〜20万円、季節工20〜30万円程度であり、製糖期間中の送金や貯蓄が十分可能となっている。
 
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(2)製糖工場における採用

 同社では正社員や季節工を募集するも充足されていない。正社員に関しては島外出身者・中途採用者も多いが、島出身者も含めて、採用後1、3、5、10年目が「退職が懸念されるタイミング」だという。調査時点も、正社員は欠員が出ている状況であった。

 季節工は46人いる。40歳代・50歳代の男子が多く、製糖期以外は沖縄本島、本土で働いており、中には北海道出身者もいる。毎期、季節工の約半数は、過去にも同工場季節工として従事した経験があるリピーターであった。しかし彼らに正社員への転換を勧めるも、断られるという。工場は毎年、季節工の新規獲得に向け、岩手県などで募集をかけている。しかし働き方改革で製糖期間中の賃金目減りも予想される中、賃金水準に非常に関心をもつ彼らへのアピールが難しくなっている。別の価値観を持つ、例えば「就業時間の長さや負荷の大きさを考え、三交替でよい」という存在に、期待するほかない。なお現時点で予定されている勤務形態は三直二交替で、12時間勤務→12時間勤務→休み→……、を繰り返す(毎日4時間の残業)。それが時給の引き上げを伴うかどうかは、調査時点で未定であった。

 正社員の獲得も季節工確保も手詰まりとなる中で、同社が有望視しているのが、特定技能の労働力であった。彼らは同社が直接雇用しているが、リクルートや面接、入国の諸手続、彼らとの複雑なやり取り時の通訳は、登録支援機関であるT組合に委託している。特定技能に関連して出入国在留管理庁に提出する書類が多く、T組合の支援は欠かせないと同社では認識している。特定技能に関しては、来日時に初期費用がかかるほか、T組合に毎月、支援機関委託料を支払う。T組合はインドネシア側の複数の送り出し機関と連携しており、同社ではT組合と将来的にも関係を保っていく予定である。

 同社と特定技能との契約は1年更新である。工場側からは採用時、3年間という勤務期間希望を伝えるが、拘束力がある訳ではない。特定技能1号では最長でも5年間の滞在となるため、工場としては彼らに、滞在期間を延長できる特定技能2号の受験を要望するが、実際に滞在につながるかは不確かである。工場内では、工務のベテラン正社員や季節工のリピーターに手当をつけて彼らの指導にあたらせる。社員からの彼らの印象は、明るく、業務にも日本語習得にも熱心と、肯定的なものである。工場そして島に若者が増えたことによる活気を喜ぶ声も聞かれる。

 特定技能の中には過去に技能実習生としての来日経験のある者もおり、その場合日本語でのやりとりも可能であることもあるが、語学力、特に読み書きにおいては個人差が大きい。イスラム教徒が多いことと関連して、工場の食堂での提供メニューや弁当の献立には配慮するが、通常以上の対策が必要であったのは現時点では豚肉の混入だけであった。断食期間中は一般に体調を崩しやすいため、彼らの工場内での転倒や事故に備えた安全管理体制を、T組合とも相談しながら構築していく予定である(注6)

 ところで近年増加傾向にあるインドネシアから日本への送り出しについては、もちろん日本での賃金水準という魅力もあるが、現地政府・民間をあげた「追い風」ともいうべき状況が、別の事情で生まれている。インドネシア政府は独立100周年をにらみ、国家開発目標 “2045 Indonesian Vision”を掲げているが、その早期達成(2016-25年)課題の一つに「勤勉で知識と技術に精通した人材の育成」がある。こうした、資本制社会に適合的ともいうべき人材の育成に当たって、インドネシア人が日本をはじめ国外の労働市場に参画することが、有効な手段の一つと見られているのであって(注7)、そこにインドネシア政府の、国内資本主義経済の拡大にむけた、真剣な姿勢を捉えることができる。同時に、インドネシアにある送り出し機関などの充実(注8)なども加わって、当面インドネシアから日本への送出が継続されることを予想させる。

(注6)2022/23年期は断食期間が製糖期と数日重なっただけであったため、本格的な対応は2023/24年期に持ち越された。
(注7)山口(2023)4)によれば2023年9月、インドネシア労働省主催で開催された日本への技能実習生の壮行会の場で、イダ労働大臣は参加者らに、出発前の10万円の奨励金の給与、プログラム修了者が帰国後に独立・起業した際応募できる奨励金の存在などを伝え、国外で質の高い労働力としての知識やスキル、勤勉などの習慣を身につけてくること、それらを帰国後の起業や就職によってインドネシア社会に広めることを訴えた。これは、これから日本へ向かう壮行会でのスピーチであることを割り引いても、現インドネシア政府がもつ、国外で資本制社会の労働者として鍛錬されることへの期待と、将来の労働力送り出し推進の姿勢継続を示したものであろう。他にも2045インドネシア・ビジョンとの関連で、海外での就労経験を通じたインドネシア労働者の成長、彼らの送り出しのためのインドネシア国内体制の充実が、しばしば期待を込めて言及されている(例えば、Jiwa Muda Indonesia紙、2022年12月26日付〈https://www.jiwamudaindo.com/indonesias-2045-vision-in-the-field-of-employment/〉〈2024/2/9アクセス〉を参照されたい)。
(注8)ワオデ(2023)5)によれば、数や研修内容を充実させつつある在インドネシア仲介業者、法令や手続き規則の整備、通信や支援の仕組みの充実(Xiang and Lindquist (2014)6)のいう「移住インフラストラクチャー」)が、労働移動の促進と反復化をもたらしている。また、過去に日本で技能実習を経験した者が、帰国後に自らが送り出し機関として起業・就業し、この「移住インフラストラクチャー」を再強化するという。

4 製糖工場の労働力不足と就業条件

 上記の過程で鮮明になってきたのが、製糖工場の「正社員」労働力獲得の難しさ、さらにいえば、就業先としての製糖工場の地位低迷であった。地域の安定就業先とみられていた南西諸島の製糖工場1)に対してこの指摘は、違和感を抱く方も少なくないと思われる。これをどのように理解すればよいのだろうか。

 製糖工場各社の求人情報より正社員の就業条件をまとめたのが表4であるが、月額基本給が10万円台の工場が多いことに驚かされる。確かにこれは地域の他の求人と比べて好待遇といえる水準にはない(注9)


(注9)試みに2023年12月21日〜2024年1月4日の間の鹿児島県ハローワーク名瀬管内の掲載求人情報のうち、特別な資格を要さず応募可能な(普通自動車免許以上の資格を求めない)正社員の求人情報56件を分析したところ、月額基本給(諸手当含まず)の下限を15万円未満とする求人は2件、15万円以上20万円未満は39件であった一方、20万円以上15件、うち3件は25万円以上を掲示していた。月額基本給の上限が20万円未満である求人は9件であるのに対し、20万円以上が47件であった。うち25万円以上30万円未満は16件、30万円以上を示した求人も14件に上った。基本給だけをみれば、製糖工場の提示する条件はこれら求人の中で特段に厚遇とはいえない。

 同様の分析を沖縄県に関しても行うべきであるが、県全域に製糖工場が立地する沖縄については、他の就業機会との比較に当たり県内を地域分割してそれぞれ比較する必要があることから、他日を期したい。ただし調査時点で、建設業の基本給25万円程度という感覚はおおむね共有されていると思われる。

 

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 しかし年間賃金を併せて例示している会社からは、300万円台、なかには400万円を超える、地域とりわけ離島部においては好条件となる水準も提示されている。月給から受ける印象と差異があるのは、第一には製糖期の深夜手当や残業手当による。筆者はしばしば「製糖期には、他の時期の3倍の給与がある」(製糖工場正社員)というコメントを聞くが、3倍という数値が正確かはともかく製糖期の支給額の高さ、年間を通じた支給額変動の大きさがうかがわれる。第二は、賞与の大きさである。無論、各社の業績や支給基準によることになるが、7番を除く各社が、年間で月額基本給の4〜5カ月分を設定している。厚生労働省「毎月勤労統計調査」の賞与に関する特別集計(2022年)より、製造業全体では平均して年2回で2.12カ月(夏季1.05カ月、年末1.07カ月)であることを考えると、この値の大きさがわかる。これらを通じて年間賃金としては上述のような水準に達している。そのほか製糖工場では、定期的な昇給が織り込まれていたり、製糖期以外ならば休日の取得が容易であったり、一部の工場では住宅・寮の用意に乗り出していたりと、地域の他の就業機会に決して見劣りしない条件が提示されていることも確認された。

 しかしながら製糖工場が青壮年から、短期的にはともかく多年勤務する先としては、選択されにくくなっている、という言説には、調査の中でしばしば行き会った。上に述べた製糖工場の実際の就業条件と、応募者からの評価のギャップの原因を、求人情報の表記のあり方のみに帰着できるのか。この点にこれ以上立ち入るだけの材料を、本稿は持ち合わせていないが、例えば労働における刺激や喜びの探求という論点にも関わる、重要なメッセージを含むように思われる。引き続き留意したい。

おわりに

 本稿の目的は、働き方改革に対する南西諸島の製糖工場の二対応─生産手段を増強するか、労働力を増強するか─と、その背後にある、昨今の製糖工場の労働力確保の困難、東南アジアにおける資本主義経済拡大(その一環としての、労働力送出体制の充実)を、速報的に伝えることにあった。この要請は、製糖工場のマネジメントという一課題に応えるものであり、一方でより根本的な問いとしては、工場の労務管理も含めた健全なサトウキビ生産・砂糖生産体制の構築、その中での製糖工場と生産者の連携のあり方などが、今後も求められていくことはいうまでもない。記して今後の課題としたい。

付記

 ご多忙の中、インタビューにご協力いただいた皆さま、ご紹介の労をとっていただいた関係各位に深謝いたします。


【参考文献】
1)新井祥穂・大呂興平・奥間瑞巴(2021)「沖縄県の小規模離島における地域労働市場と農業構造動態:多良間島・与那国島の比較検討」『人文地理』第75巻第2号 pp.159-180.
2)中嶋康博・竹田麻里・村上智明(2020)「甘しゃ糖工場における働き方改革の現状と課題」『砂糖類・でん粉情報』(2020年7月号) pp.44-50. 農畜産業振興機構
3)新井祥穂・永田淳嗣(2022)「沖縄の製糖工場における季節労働力確保」『砂糖類・でん粉情報』(2022 年2月号)pp.8-18. 農畜産業振興機構
4)山口裕子(2023)「技能実習生が誕生するとき:インドネシアのある送り出し式典を中心に」岡山大学文明動態学研究所主催「第28回RIDCマンスリー研究セミナー」(2023年11月15日オンライン開催)
5)ワオデ・ハニファ・イスティコマー(2023)「インドネシア人技能実習生の動機の多様化:拡大する移住インフラ影響に注目」『国際交流研究(国際交流学部紀要)』第25号 pp.179-208.フェリス女学院大学
6)Xiang, B. and Lindquist, J., 2014, Migration Infrastructure. International Migration Review, 48-1:pp.122–148.
 
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