
ホーム > 砂糖 > 海外現地調査報告 > タイにおける持続可能なサトウキビ産業に関する研究動向〜ISSCT農業部門ワークショップ参加報告〜
最終更新日:2025年8月12日
(1)渡邉健太「Performance of sugarcane grown with surface and subsurface drip irrigation systems based on evapotranspiration calculated from micro weather data on Minamidaito Island, Japan(南大東島において微気象データから算出した蒸発散量に基づく地表・地中点滴かん水システムを用いたサトウキビの生産性)」
筆者は、これまで沖縄県南大東島を対象に進めてきたサトウキビスマート農業プロジェクトの一環として、気象データを用いたかん水判断やかん水ポンプ遠隔操作などの技術開発および現地実証を行ってきた。本発表ではこれらに加え、国内ではほぼ類を見ないドリップチューブの埋設によるサトウキビへの地中点滴かん水技術を導入し、南大東島で広く普及している通常の点滴かん水(地表かん水)や農家管理によるかん水との比較を行う現地試験を3年間にわたって行った。詳細は割愛するが、気象データに基づく地中かん水区は、常に地表かん水区および農家管理区より単収および水利用効率が高く、株更新時まではチューブの回収や再設置が不要となる効率の高いかん水方法であることを明らかにした。なお、本研究内容については、当誌の後号掲載の記事内で詳しく紹介するので、ご一読いただければ幸いである。
サトウキビへの地中かん水は、国内ではほとんど扱われていないが、海外ではそれほど珍しい技術ではなかったため、本内容での発表に不安を覚えていたが、発表後の参加者の反応は悪くなかったように感じた。ありがたいことに多くの質問をいただき、その内容も、点滴チューブのドリップ穴の間隔や時間当たりかん水量といった製品の仕様に関するものから、地中かん水の根への影響や液肥施用の可能性、かん水量の計算方法について問うものなど多岐にわたっていた。さらに、発表終了後には、同セクションの口頭発表者とともに1時間にわたるパネルディスカッションが行われ、発表内容に関するより踏み込んだ質疑応答や各国のかん水事情に関する議論が繰り広げられた(写真5)。
ア マルチスケール水利用効率
水利用効率(Water Use Efficiency, WUE)は、植物が利用する水単位(蒸散、降水、かん水)当たりの生産単位(光合成、バイオマス)として定義される。WUEは、葉、株、群落、圃場、地域、島(この場合、regional WUE)の各スケールで示される。一方、スケール間の関係や、各スケールでの改善が別のスケールに及ぼす影響は、不明なままである。持続可能な水管理を議論するためには、すべてのスケールを組み合わせたマルチスケールWUEを検討する必要がある。スケールチェンジを行うことを、生態学ではスケーリングと呼ぶ。栽培期間が長くサイズの大きいサトウキビでは、時間スケールとサイズスケールでのスケーリングにより物質生産を理解することが、生理指標の育種選抜への応用や、環境に配慮したサトウキビ生産体系の構築に重要である。
イ 遺伝的多様性の高度利用
サトウキビは通常、単植されるモノカルチャー作物である。一方、環境条件は非常に不均質であり、かつ予測困難な気候変動下では、生産現場で求められる需要は多岐にわたるため、理想型品種の育成はますます困難となっている。圃場内の遺伝的多様性を高める方法の一つである異品種混植は、多くの作物において、資源利用効率とストレス条件下での生産の安定性を向上させる可能性があると報告されている。サトウキビについて関連する試みは少ないものの、品種の選択と植え付け方法が問題となっていた。特定の品種を選抜して混合することを避けるために、多様な親からなる多系統の交雑集団を栽培することは、持続可能性を達成するための代替的なアプローチであると考えられる。他の自殖性穀物では、多系交雑集団を栽培化する「進化育種(evolutionary breeding)」が知られている。この手法では、有望形質を有する複数の親系統を総当たり交雑してできた雑種集団を自然淘汰にかけ、残った系統間の交雑を繰り返す。形成された集団は遺伝的に多様であり、さまざまなストレスへの耐性がそれぞれの系統で異なるため、集団全体の収量安定性が高くなる。多系交雑集団の栽培化過程で、従来育種で行われるような有望系統の選抜を両立することが可能であり、農民参加型で実施することができるため、雇用創出や農家の品種への意識改革にもつながる。
これら二つのユニークなコンセプトは、大規模かつ長期的な試験を必要とするが、対象種や対象地域の多様な専門知識を持つ科学者(生理学者、農学者、遺伝学者、土壌科学者、生態学者、社会科学者、普及員)からなる学際的な共同研究グループによって、科学的ギャップを埋めることができるだろう。豪州の単収低下要因解明のためのジョイント研究プロジェクトなどが参考になると考えられる。
ア Riekert Van Heerden「Research, development and extension strategies to support cane quality management in the South African sugarcane industry(南アフリカのサトウキビ産業においてサトウキビ品質管理を支援するための研究、開発、普及戦略)」
南アフリカは、アフリカ最大のサトウキビ生産国であるが、栽培条件や生産規模が多様化していることから、登熟の均一化が困難という課題がある。このような現状を踏まえ、南アフリカサトウキビ研究所(South African Sugarcane Research Institute, SASRI)は品質管理支援を目的とした研究、技術開発、普及戦略を打ち出した。南アフリカでは、以前よりエテホンやフルアジホップなどの成熟促進剤を利用した登熟のコントロールが行われており、研究戦略では多様な品種や環境に対して効果のある促進剤の登録や評価が行われている。技術開発戦略では、SASRIが開発した「PurEst」というスマートフォンアプリを用いてサトウキビの成熟程度をモニタリングし、必要な品質管理をオンサイトで診断する技術の開発が行われている(図5)。品質管理には適切な促進剤の利用方法のほか、かん水停止期間の制御なども含まれる。このようなサトウキビの成熟程度や促進剤の効果、収穫適期の推定精度は、ドローンで取得したマルチスペクトル画像も用いて検証を行っている(図6)。そして、これらの研究・技術開発戦略を統合させ、大規模農家を対象とした参加型研究を行うことで、品質管理システムの実用性評価が可能となる普及戦略を打ち出している。参加型研究は細かな品質管理を希望する小規模農家に対しても行っており、ドローンを使用した成熟促進剤散布の実証試験なども行われている。