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【寄稿】“新宿から30分”都市農地で持続可能な農業経営を実現するために

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最終更新日:2023年2月6日

広報誌「alic」2023年2月号

ネイバーズファーム 代表 川名 桂

 私は、2019年3月に新宿から電車で30分の東京都日野市で2反(約2千u)の農地を借りて就農しました。本稿では都市農地で農業経営を実現するために取り組んでいることを紹介します。

都市農業の位置付け
〜「減らすもの」から都市に「あるべきもの」へ〜

貸借した農地の様子
貸借した農地の様子

 東京大学農学部在学中はオランダなど最先端の栽培技術に学び、農業の奥深さに魅せられました。一方で、地方で大きな園芸施設の立ち上げに携わった後、大量生産の大規模農業に疑問を抱くようになった私は、消費者に近いところで農業ができないか、模索していました。
 そんなときに目にしたのが、毎日お客さんが地場野菜を求めて列をつくる、地元日野市の直売所とその隣にあった使われていない農地でした。住宅街に囲まれ、人々の生活の中に溶け込んだ農業のイメージがわっと脳内に広がりました。
 市街地にある農地は、景観保護や防災、食糧供給基地として、その価値が見直されつつありましたが、理想的な畑は簡単には見つからず就農前の2年間は清瀬市で都市農業を学びました。その間に法改正などを経て都市農地の貸借が可能となり、一般社団法人東京都農業会議などの支援を受けながら、家族間以外で生産緑地地区内の農地(都市農地)を借り受けた全国初の事例として新規就農を実現することができたのです。

“ネイバーズファーム”でできること

庭先販売所の様子
庭先販売所の様子

イベント時のピザ作り
イベント時のピザ作り

 農園は、“ネイバーズファーム(ご近所の農園)”と名付けました。日常の中に農と触れる機会をつくり、都市に住む人々の生活に豊かさをもたらしたいという願いを込めています。そのため、収穫物の7割ほどは市内で販売しており、そのうち半分は畑に併設した庭先販売所での販売です。自分のつくった大切な野菜を、販売所で直接お客さまと言葉を交わしながら大事に食べていただける、農家としてこれ以上ない幸せです。
 おいしい野菜を提供するだけでなく、農がもつ力をもっと発揮するため、さまざまな取り組みを行っています。その一つとして、2022年10月に「ファームカミングデー」と題して、畑で初のイベントを開催しました。収穫体験や焼き芋体験、農場の野菜を使ったキッチンカーによるフード販売を用意し、お客さまは椅子やテーブルを持参して思い思いの場所でくつろぎながら食を楽しむ。大人や子どもたちの幸せそうな笑顔を見て、農園の「場」としての魅力や、まだまだ新しい価値を発掘できる可能性を大いに感じました。

都市農業ならではの環境に配慮した生産方法

トマトの養液栽培
トマトの養液栽培

二酸化炭素の貯蔵装置
二酸化炭素の貯蔵装置

開発したトマト加工品
開発したトマト加工品

 限られた面積で持続的な農業経営を実現するには、品目選びも重要です。当農園の主力商品はトマトで、環境制御型のビニールハウスで栽培しています。生産性の向上の裏で、暖房機を使用したり、養液栽培のため化学由来の肥料を使わざるを得なかったり、環境面での持続可能性を模索し続けています。
 まず取り組んでいるのは、減農薬です。周年栽培のトマトは病害虫のリスクが高く、繰り返し農薬を散布するのが主流ですが、すぐに耐性菌が出てきて、いたちごっことなってしまう現場をいくつも見てきました。そこで、当農園では、農薬を植物由来や微生物由来に切り替え、こまめなチェックなどを行うことで、農薬の使用量を25%減らしながらも、生産性を落とさずに収量を確保しています。
 また、植物の光合成を促進するため、一般的には灯油を燃やして二酸化炭素を供給しますが、当農園では夜間に稼働した暖房機の排気を再利用し、昼間のハウス内に戻すという新しい装置を導入しています。
 さらに、廃棄野菜ゼロを目指し、割れたトマトは全て回収し加工して販売をしています。飲食店からも、冷凍した割れトマトの引き合いは根強くあります。需給を丁寧に調整し、良い商品をつくれば、廃棄野菜はなくせるということが分かりました。

これから都市農業にチャレンジする人へ

東京都内の新規就農者らで開催したマルシェにて (執筆者の川名氏(左))
東京都内の新規就農者らで開催したマルシェにて
(執筆者の川名氏(左))

 私の農園では、昔ながらの農業へ逆戻りするのではなく、高い生産性に立脚したうえで、新しい技術やアイディアを使って持続可能性に取り組むことを目指しています。資源の循環、女性にとって働きやすい環境づくりなど、持続的な農業経営に向けて課題はまだまだたくさんあります。30年後、次の世代にこの大切な農地を引き継ぐことを目指して、農業の新たな価値づくりに挑戦していきます。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 企画調整部 (担当:広報消費者課)
Tel:03-3583-8196