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海外特集 畜産の情報 2023年3月号

米国における持続可能な酪農・肉用牛生産に向けた取り組みについて

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【要約】

 米国では、持続可能性の実現のために温室効果ガス(GHG)排出量削減を含む気候変動対策が政策の中心に据えられている。農業関連気候変動対策についても、米政権は国際的なイニシアチブを主導しており、米政権が最も注力している分野の一つと言えるだろう。その中でも、酪農・肉用牛生産を主とする畜産業は米国全体のメタン総排出量の36.1%を占める主な排出源とされていることから、畜産業における具体的な取り組みが米政権の行動計画に明記されている。
 一方で、酪農・肉用牛業界においては、持続可能性に係る取り組みをけん引する酪農イノベーションセンターや、持続可能な牛肉のための米国円卓会議がGHG排出量削減を主要な目標に掲げ、生産者に過度な負担を強いないように留意しつつ、サプライチェーン全体での取り組みを推進している。
 また、米政府はGHG排出量削減に向けて、酪農・肉用牛業界の意向も踏まえた大規模な予算も措置しており、政府、業界関係団体、食肉企業・乳業メーカー、小売企業・外食企業、大学・研究機関が一体となって、気候変動に配慮した農畜産物の市場拡大、生産者へのインセンティブ付与の実現に向けた取り組みに力を入れている。

1 はじめに

 米国のバイデン大統領は持続可能性の実現に向けて投資を促し、産業競争力を高めるべく、エネルギーのグリーン化や炭素固定・再利用などの環境・エネルギー分野について目標を掲げるなど、気候変動対策を中心に据えている。その中で、農業分野では温室効果ガス(GHG)の排出が課題とされており、2021年11月にホワイトハウスによって策定・公表された米国メタン排出量削減行動計画では農業分野の取り組みが明記され、米国農務省(USDA)を通じて大規模な予算が措置されている。また、酪農・肉用牛業界においては、栄養分野やアニマルウェルフェア(AW)なども持続可能な酪農・肉用牛生産の方針に含めつつ、GHG、特にメタンの排出量削減に向けて大学・研究機関とも連携しながら活発な取り組みが行われている。
 本稿では、GHG排出量削減に向けた取り組みを中心に、米政府と酪農・肉用牛業界による持続可能性に係る取り組みについて報告する。
 なお、本稿中の為替レートは、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均為替相場」2023年1月末TTS相場の1米ドル=131.47円を使用した。

2 GHG排出量の推移と酪農・肉用牛の生産動向

(1)GHG排出量の推移

 米国環境保護庁(EPA)によると、2020年の米国のGHG総排出量は59億8140万トンCO2換算(以下「トン」と表記する)となり、1990年からは7.3%減、過去30年で最大となった07年からは19.9%減と減少傾向を示している(図1)(注1)。EPAは、この減少傾向は化石燃料使用による二酸化炭素排出量の減少が主な要因であると分析している。また、新型コロナウイルス感染症の拡大による経済活動縮小を要因として、19年から20年にかけても急激に減少している。
 なお、酪農・肉用牛生産が大きな排出源とされるメタンおよび亜酸化窒素は、それぞれ米国のGHG総排出量の10.9%および7.1%を占めている(図2)。

(注1)土地利用、土地利用変化および林業(LULUCF)によるGHG排出量および吸収量は含まない。



 
 一方で、農業分野のGHG排出量は5億9470万トンと全体の9.9%を占めており、減少傾向を示したGHG総排出量とは逆に、90年からやや増加傾向を示している(図3)。農業分野で排出されるGHGはメタンと亜酸化窒素が大半を占めるが、このうちメタンの排出源は主に家畜の消化管内発酵(1億7520万トン)と家畜排せつ物管理(5960万トン)、亜酸化窒素の排出源は主に農地管理(3億1620万トン)と家畜排せつ物管理(1970万トン)である(図4)。特に、家畜の消化管内発酵と家畜排せつ物管理によって生じるメタンはそれぞれ、米国のメタン総排出量の26.9%、9.2%を占める。
 



 
 さらに、20年の家畜の消化管内発酵由来のメタン排出量を畜種別に見ると、肉用牛が1億2530万トン、乳用牛が4360万トンと合わせて96%以上を占めている(図5)。また、家畜排せつ物由来のメタン排出量では、乳用牛が3170万トンと半分以上を占めた一方で、肉用牛は180万トンと3.0%を占めるにとどまった。これらのことから、米国のGHGのうちメタン排出量の削減のためには、酪農・肉用牛業界による取り組みが不可欠であると認識されている。

 

(2)酪農・肉用牛生産とメタン排出の動向の比較

 牛を排出源とするメタンの排出量は、基本的に牛の頭数に影響を受ける。このため、その動向を分析するには酪農・肉用牛生産の動向を確認する必要がある。
 乳用牛の総飼養頭数を見ると、1990年から2004年まで減少傾向、05年以降は増加傾向に転じるものの、直近ではほぼ横ばいに推移している(図6)。90年の1015万3000頭から22年の937万5000頭と7.7%減少しているように、長期的に見ると飼養頭数は減少傾向にある。しかしながら、農場の大規模化による効率性の向上、飼料管理や改良技術の改善による生乳生産性の向上が進んでおり、一頭当たり年間乳量と生乳生産量は増加傾向にある(図7、8)。






 
 一方で、乳用牛を排出源とするメタン排出量を見ると、消化管内発酵由来メタンは98年以降、増加傾向を示し、20年には4360万トンと90年からは12.7%増、過去30年で最小となった97年からは20.4%増と増加している(図9)。さらに、排せつ物由来メタンは過去30年間で一貫して増加傾向を示し、20年には3170万トンと90年から約2.2倍となっている(図10)。乳用牛の飼養頭数が減少する中でメタン排出量が増加している理由についてEPAは、高エネルギー飼料の給与の増加、酪農の大型化やカリフォルニア州などの酪農集中地帯における液体ふん尿管理システムの利用増加が要因であると分析している。




 肉用牛の総飼養頭数については、90年から96年まで増加傾向にあったが、97年から14年まで減少傾向に転じた。15年から19年までは増加したが、それ以降は減少傾向で推移している(図11)。90年の3320万頭から22年の3012万5000頭と9.3%減少しているように、乳用牛と同様に長期的には減少傾向にあると言える。肉用牛でも飼料管理や改良技術の改善により牛肉生産性は向上しており、一頭当たり平均枝肉重量と牛肉生産量は増加傾向で推移している(図12、13)。





 
 一方で、肉用牛を排出源とするメタン排出量を見ると、消化管内発酵由来メタンは90年以降、増減を繰り返しながら推移しているが、20年には1億2530万トンと90年からは5.7%増、過去30年で最小となった14年からは8.4%増と増加している(図14)。これは、肉用牛の総飼養頭数の推移とおおむね一致している。また、排せつ物由来メタンは比較的低水準を推移している(図15)。




 これについて酪農・肉用牛業界は、人々の健康に欠かせないタンパク質の需要を満たすべく、生産性を向上することによって生産量を増加させてきたこと、生産者の努力によって生乳・牛肉の生産量単位当たりのGHG排出量は減少傾向にあることを主張している。また、将来的にも生産量単位当たりのGHG排出量削減を課題とするなど、効率性および生産性の向上が解決策の一つであるとしている。

コラム1 大規模酪農家(ストッツ酪農)による持続可能性への取り組み

 アリゾナ州フェニックスに位置するストッツ酪農は、1981年に539頭の乳用牛と4人の従業員から始まった。95年には6400頭、2010年には2万3000頭にまで増頭し、3650エーカー(1477ヘクタール)もの土地で栽培したトウモロコシ、ソルガム、オーツ麦、アルファルファを飼料として給与しており、牛の飼養管理から飼料生産まで含めて、162人もの従業員が働いている。この大規模酪農を実現したことで、過去30年間のうち24年間、アリゾナ州で最多の生乳生産量を記録したという。

 
 搾乳施設は4棟あり、それぞれ40〜80頭規模のパーラーが2基搭載され、1日に3回の搾乳が行われている。一頭当たり1日当たり平均乳量は34リットル、農場全体の1頭当たり平均年間乳量は12.2トンにも及ぶ。生乳はすべてアリゾナ州酪農家組合を通じて販売しており、牛乳、バター、チーズ、脱脂粉乳、アイスクリーム、ヨーグルトな どの原料として利用されている。


 ストッツ酪農は、社会や地域に貢献するため、持続可能性への取り組みにも力を入れている。ふん尿はメタン発酵により再生可能天然ガスとして、アリゾナ州443世帯分の電力に相当するエネルギーに変換される。これにより、農場におけるメタン排出量の削減に成功している。また、副産物的に生じる消化液は、たい肥として飼料生産に利用されている。
 その他にも、賞味期限切れの食品を使ったいわゆるエコフィードの給与による食品廃棄の抑制、992エーカー(401ヘクタール)もの点滴かんがい設備の導入による水使用量の削減、LED照明への切り替えによる使用電力の削減を行っており、持続可能性の実現に取り組んでいる。



 
 

3 米政府による気候変動対策

(1)米政権による気候変動対策の強化と国際的イニシアチブ

 気候変動対策の強化を公約に掲げていたバイデン大統領は、2021年1月20日の就任以来、優先政策課題の一つに気候変動対策を位置付け、加速度的に対応を進めている。具体的には、(1)トランプ前政権が19年11月4日に離脱を通告した気候変動対策の国際的な枠組みであるパリ協定への就任直後の復帰の表明(2)気候変動対策を米国の外交政策および国家安全保障の中心に据えることとする大統領令の発令−など、前政権の気候問題への消極的な対応とは打って変わって、国内外の気候問題における米政権の存在感を取り戻す強い意志が示された。新たなポストである気候担当大統領特使の創設・任命、農務長官を含む大多数の閣僚を構成員とする国家気候タスクフォースの設立など新たに体制を整備し、気候変動対策に注力している。
 21年4月に米国が主催した気候サミットでは、パリ協定に基づく「国が決定する貢献(NDC)」として、30年までにGHG排出量を05年比で50〜52%削減する目標を発表した。さらに、同年11月に開催された第26回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)でEUとともに立ち上げた「グローバル・メタン・プレッジ(注2)」では、30年までにメタン排出量を20年比で30%削減することとした。米政権はこの他にも、35年までに電力部門の炭素排出量ゼロの達成、50年までにGHG排出量正味ゼロ経済の達成を目標に掲げている。

(注2)世界全体のメタン排出量を2030年までに20年比で30%削減することを目標とする米国とEUの共同イニシアチブ。COP26に先んじて21年9月に立ち上げが発表された。23年1月時点で日本を含む150カ国が参加。

 米国は「気候変動に対応した農業イノベーションミッション(AIM4C:AIM for Climate)」や「酪農ネット・ゼロへの道(P2DNZ:Pathways to Dairy Net Zero)」といった農業関連気候変動対策の国際的イニシアチブも主導する。
 AIM4Cは、COP26でアラブ首長国連邦とともに立ち上げたイニシアチブであり、21年から25年までに農業イノベーションへの投資を大幅に拡大し、すべての国においてより迅速な気候変動対策を支援することを目的としている(注3)

(注3)2023年1月時点で日本を含む42カ国と271の組織が参加。詳細は海外情報「国連食料システムサミットを受けた米国政府の対応と米国畜産業界の動向」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001914.html)を参照されたい。

 P2DNZは、実践的な行動に移すための方法やツールを開発すること、世界的な優良事例の共有によってあらゆる酪農家に持続可能な生産が可能であることを認識してもらうことなどを目的とするイニシアチブである。生産効率の改善と炭素吸収源の保全などによるGHG排出量の削減のため、飼料給与、ふん尿管理、エネルギー管理などの改善を取り組みの原則として、21年9月に開始され、23年1月時点で日本の乳業メーカーを含む140以上の組織が参加している。

(2)国内気候変動対策の強化

 米政府は、これらの目標の達成やイニシアチブの推進のため、国内の気候変動対策も強化している。ホワイトハウスが2021年11月に公表した「米国メタン排出量削減行動計画」では、農業・畜産分野での取り組みを含む戦略が示された。農業・畜産分野ではメタン排出量削減に向けた自主的かつインセンティブベースのパートナーシップの推進をテーマとし、(1)ふん尿管理システムの代替策とその他のメタン排出量削減策の実践(2)気候変動に配慮したパートナーシップの確立(3)メタンからの再生可能エネルギー生産の促進(4)農場のメタン排出量・削減量・吸収量測定技術の確立と技術革新への投資拡大を図るとされた(表1)。
 また、バイデン政権の肝煎りの気候変動対策を軸としたインフレ削減法案が22年8月に成立し、農業気候変動対策にも大規模な予算が措置された。GHG排出量削減に焦点を当てた支援には84億5000万米ドル(1兆1109億2150万円)が充てられ、家畜の消化管内発酵によるメタン排出量削減に向けた飼料管理・給与方法の技術開発などが支援対象になる(注4)

(注4)海外情報「インフレ抑制法案が成立、農業気候変動対策に大規模予算措置(米国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003347.html)を参照されたい。
 
 そして、畜産業界から最も注目を浴びているのが「気候変動に配慮した商品のためのパートナーシップ・プログラム」である。本プログラムは「米国メタン排出量削減行動計画」に基づくバイデン政権による農業関連気候変動対策の目玉とされている。22年11月にエジプトで開催されたCOP27では、ヴィルサック農務長官が「自主的・インセンティブベース・市場主導型・協調的アプローチによる気候変動対策を主導するものであり、革新的で前例のない予算措置を行ったプログラムである」と紹介した(4(3)で詳述)。


4 米国酪農・肉用牛業界における主な取り組み

(1)酪農・乳業業界

ア 酪農イノベーションセンター
  (Innovation Center For U.S. Dairy)

 酪農・乳業業界における持続可能性の取り組みは、酪農チェックオフを通じて2008年に設立された「酪農イノベーションセンター」がけん引する。同センターは、デイリー・マネージメント・インク(DMI)、全米生乳生産者連盟(NMPF)、国際乳食品協会(IDFA)など35の組織で構成される理事会に加え、550以上の企業・団体が会員として活動に携わる。同センターが18年11月から始めたイニシアチブである「米国酪農スチュワードシップ・コミットメント(注5)」には、22年11月時点で米国生乳生産量の約75%を占める生産者および乳業メーカーが参加している。

(注5)米国酪農業界全体で持続可能性のリーダーシップを推進する業界関係者と連携したイニシアチブ。環境やAWといった重要な分野における業界の取り組みの整合性を取り、成果を数値化して発信することとしている。

 酪農イノベーションセンターは、重点項目に「環境スチュワードシップ」を含む5項目を位置付け(図16)、生産者を含む業界関係者向けプログラムの策定・発信やイニシアチブの主導に取り組んでいる。「環境スチュワードシップ」の分野では「2050環境スチュワードシップ目標」として、(1)GHGニュートラルの達成(2)水の利用の最適化と再利用率の最大化(3)ふん尿と栄養塩(注6)の適切利用による水質改善−を50年までの目標として掲げている。この目標に対する進捗は25年から5年ごとに報告することとしており、同センターに設置されている酪農持続可能性協会(The Dairy Sustainability Alliance)が開催する会合やウェビナーなどを通じて、必要な技術的改善点や新たな開発技術などの先端情報も発信される(写真1)。

(注6)植物が生育するために必要な無機塩類。




イ ネット・ゼロ・イニシアチブ(NZI)
 2050環境スチュワードシップ目標に向けて、生産者の自主的な取り組みを推進すべく酪農イノベーションセンターによって2020年に発足した農場における行動戦略が、ネット・ゼロ・イニシアチブである。生乳生産過程のGHG排出源として「飼養管理」「飼料生産」「ふん尿管理」「エネルギー使用」の4点に重点を置き、炭素隔離、ふん尿の肥料化や再生可能エネルギー化など、生産者も利益を得られる形でカーボン・オフセットを目指している(図17)。また、同イニシアチブでは「研究・分析・モデル化」「農場での実証」「各農場への普及」という三段階に分けた取り組みを進めている。


 
ウ FARM環境スチュワードシップ・プログラム
 これらの取り組みの成果の測定・評価を行い、改善に向けた知見や情報を提供するプログラムが「生産者保証責任管理(FARM)環境スチュワードシップ・プログラム」である。本プログラムはDMIが2017年に開始し、酪農イノベーションセンターが普及を行っているが、ポイントは酪農家へのフィードバックのみならず乳業メーカーにも情報提供を行うことで、サプライチェーン全体として改善に取り組む方針としている点にある。22年11月までに小規模酪農家からメガファームまで42州・2600農場が測定・評価・分析を受け、改善を要する点についてフィードバックを受けている。また、これらの結果はデータベースに蓄積し、乳業メーカーなどのアクセスが可能となっている。
 なお、測定・評価方法には気候変動に関する政府間パネル(IPCC)ガイドライン(注7)とライフサイクル・アセスメント(LCA)(注8)に基づくモデルを活用しており、生乳生産、牛群管理、飼料管理、ふん尿管理、エネルギー使用量などに関するデータから、農場レベルにおける脂肪・タンパク質調整乳(FPCM)1ポンド当たりのGHG排出量とエネルギー消費量を推計しているという。

(注7)国連気候変動枠組条約に基づきGHG排出量を把握するために各国が作成する「温室効果ガスインベントリ」において用いられるGHG排出・吸収量の算定のためにIPCCが作成したガイドライン。
(注8)ある製品・サービスのライフサイクル全体(資源採取―原料生産―製品生産―流通・消費―廃棄・リサイクル)またはその特定段階における環境負荷を定量的に評価する手法。

(2)肉用牛・牛肉業界

ア 持続可能な牛肉のための米国円卓会議(USRSB)
 肉用牛・牛肉業界における持続可能性の取り組みは、2015年に発足した「持続可能な牛肉のための米国円卓会議」がけん引する。米国で最も主要な肉用牛生産者団体である全米肉用牛生産者・牛肉協会(NCBA)がUSRSBの事務局を務め、肉用牛繁殖、子牛市場、肉用牛肥育、食肉処理・加工、小売・外食といったサプライチェーンの各セクター企業・団体に加え、研究機関、非政府組織・市民団体、関連業界団体・企業など、132に及ぶ会員から構成される(表2)。
 USRSBは、GHG排出量削減といった気候変動対策や水・土地資源保全といった環境保全対策の他、消費者や投資家が注視する労働安全やAWも含めた6項目を持続可能な牛肉生産に向けた重点項目に設定した(図18)。そして、22年4月には重点項目ごとに項目目標と、サプライチェーンのセクター別の目標・指標を設定するに至った(注9)

(注9)海外情報「持続可能な牛肉のための米国円卓会議、持続可能に向けた目標を設定(米国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003251.html)を参照されたい。
 
 


 
 気候変動対策として取り組まれる「GHG」の項目では「40年までに牛肉サプライチェーン全体で気候ニュートラル(GHG排出量ネット・ゼロ)を達成すること」を目標とする。セクター別に見ると、牧草給与や放牧が多い繁殖農家では、適切な資源利用や生産性向上・生産コスト軽減などのためにUSDAも推進する放牧管理計画に位置付ける放牧面積を拡大することを目標とした。特に、土壌炭素固定に貢献可能なセクターであるとして繁殖農家に協力を求めている。穀物飼料を多く給与し、多くのエネルギーを消費する肥育農家には、適切に配合された飼料の給与、化石燃料・電力使用量の削減などのGHG排出量削減戦略の策定を求め、牛肉1ポンド当たりのGHG排出量を10%削減するという具体的な目標を設定した(表3)。
 USRSBは、これらの目標に向かって、セクター別の教育モジュールや自己評価ツールの提供、会合開催による最新技術や研究成果などの情報提供などによって肉用牛・牛肉業界における持続可能性の取り組みを推進している(図19、写真2)。




 

イ プロテインPACT
 食肉処理・加工企業を主要会員とする北米食肉協会(NAMI)は2021年7月、持続可能な食肉供給に向け、「人々」「動物」「環境」における動物性タンパク質の貢献を強化するための取り組みとしてプロテインPACT(Protein for the people, Animals, and Climate of Tomorrow)を立ち上げた(図20)。プロテインPACTでは、食肉処理・加工業界全体の目標、分野ごとの指標、透明性のある成果を示していくこととしている。重点分野には「AW」「環境」「食品安全」「健康・栄養」「労働力・人権」の5項目が位置付けられ、USRSBと同様に消費者や投資家の動向を見据え、持続可能性を広く捉えたものとしている(図21)。



 
 「環境」の項目では「30年までにすべての会員がパリ協定の目標に沿ったGHG排出量削減目標を設定し、それに従うこと」を目標とした。また、指標には廃棄物関連の指標に加え、エネルギーおよびGHG、土地利用、水利用といった気候変動と環境保全関連の指標を設定した(表4)。特に、エネルギーおよびGHGの指標においては、GHG排出量削減に向けた詳細な計画の策定や、スコープ1から3まで(注10)のそれぞれのGHG排出量の測定と結果の公表を求めている。なお、NAMIはUSRSBにも参画しており、プロテインPACTの目標・指標をUSRSBのものと整合させているが、USRSBによる目標・指標の設定に比べ、より具体的なものとなっている。
 
(注10)スコープ1:事業者自らによるGHGの直接排出、スコープ2:他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、スコープ3:スコープ1、2以外の間接排出(事業者に関連する他社の排出)。

 22年10月に開催されたプロテインPACTサミットでは、これまでの進捗状況が報告された(写真3、4)。重点5項目に関する指標の達成・把握状況の報告を行った会員は全会員の44%(会員の運営事業所ベースで376事業所)に上った。「環境」の分野については米国産食肉の大部分を占める会員企業11社が科学的根拠に基づく目標を設定済み、あるいは設定することを公約しているという(表5)。また、報告事業所のうち51%がエネルギー効率を高め、GHG排出量削減を図るためのプログラムを導入し、エネルギー消費量の目標を設定済みであることがわかった。




(3)気候変動に配慮した商品のためのパートナーシップ・プログラム

 前述の3(2)でも紹介した本プログラムは、(1)気候変動に配慮した農畜産物の市場拡大(2)市場機会を捉えた生産者の収益化―を目的として、非営利・営利団体、州政府・地方自治体、農業団体・組合、大学・研究機関、民間企業などがパートナーシップを組んで実施する、3〜5年間の取り組みを支援する大規模プログラムである。具体的には、(1)生産者による自主的な気候変動に配慮した生産方法の導入(2)GHG排出量のモニタリング・定量化・報告・検証の方法の実証(3)気候変動に配慮した農畜産物の市場拡大に対して技術・財政支援を行う。また、USDAは生産者や専門的知見を有する組織など互いに求めるパートナーシップを推進するために、専用ウェブサイトに検索機能を搭載するなど、関係者同士のマッチングも促している。
 本プログラムの目的や支援が酪農・肉用牛業界が目指す方針と合致しているとして、業界からは賛同の声が広がり、多くの団体、民間企業、大学・研究機関などがパートナーシップを組んで、支援を受けるための申請を行った。USDAは、2022年9月に1件当たり500万米ドルから1億米ドル(6億5735万円から131億4700万円)までのプロジェクトを対象に70件・28億米ドル(3681億1600万円)、同年12月に1件当たり25万米ドルから499万9999米ドル(3286万7500円から6億5734万9868円)までのプロジェクトを対象に71プロジェクト・3億2500万米ドル(427億2775万円)を採択した。これまでに採択された141件のうち、畜産に関係するプロジェクトは70件あり、そのうち酪農に関係するプロジェクトは29件、肉用牛に関係するプロジェクトは50件にのぼる(表6、7)(注11)。州別に見ると、酪農ではニューヨーク州とペンシルベニア州で実施するプロジェクトが12件と多く、肉用牛ではミズーリ州とバージニア州で実施するプロジェクトが14件と多い(注12)

(注11)乳用牛と肉用牛に関するプロジェクトは一部重複するため、合計は畜産に関するプロジェクトの件数と一致しない。
(注12)プロジェクトの中には複数の州にまたがって実施されるものが多いため、州ごとの合計は乳用牛と肉用牛に関するプロジェクトの合計と一致しない。
 
 例えば、酪農分野では、カリフォルニア酪農研究財団(CDRF)がカリフォルニア州政府、NMPF、カリフォルニア・ファーム・ビューロー、カリフォルニア大学、ネスレ社などとパートナーシップを組み、生産者にインセンティブを付与するふん尿管理システムの開発・実証と、関係事業者のマッチングを行う。肉用牛分野では、タイソン・フーズ社がグリフィス・フーズ社やマクドナルド社などとパートナーシップを組み、気候変動に配慮した牛肉製品市場の拡大、肉用牛・飼料生産における炭素固定の増加とGHG排出量削減に向けた小規模生産者を対象とした技術的・財政的支援を行う。本プログラムの開始によって、酪農・肉用牛業界でも目標達成に向けた機運が高まっている。



コラム2 持続可能をうたう牛肉製品と消費者意識

 2021年11月、オクラホマ州を拠点とするロー・カーボン・ビーフ社が「低炭素牛肉(LCB)」のUSDAプロセス認証プログラム(PVP)サービス・プロバイダーに認証された。PVPサービス・プロバイダーとは、家畜が当該プログラムの要件を満たしていることを確認・認証する機関のことである。牛肉生産過程のGHG排出量削減を要件とするPVPは米国初であり、肉用牛生産者はGHG排出量を削減した牛肉を差別化・付加価値化して販売することが可能になるという。LCBの認証に当たっては、給与飼料、使用燃料、使用肥料、肉用牛能力に関連する20項目について、ライフサイクル・アセスメントによる評価を受ける(コラム2ー表)。その結果、肉用牛業界平均と比較してGHG排出量が10%以上削減されていれば、認証を受けることが可能になる。なお、23年1月時点では肉用牛の認証を進めている段階であり、まだ牛肉として市場に出回ってはいない。


 また、23年3月にはニュージーランド(NZ)のシルバー・ファーン・ファーム社が「ネット・カーボン・ゼロ・アンガスビーフ」の販売を開始した(注1)。この牛肉はカーボン・インセット方式(注2)によって、肉用牛の飼養管理の工程で排出されるGHGをネット・ゼロにしているという。ニューヨークでも一般的なスーパーマーケットであるダゴスティーノ社やグリステデス社の店舗で販売されており、価格帯は通常の牛肉よりも高値に設定されている(コラム2ー写真1、2、3)。

(注1)海外情報「NZ産ネット・カーボン・ゼロ・アンガスビーフを販売(米国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003246.html)を参照されたい。
(注2)自社のバリューチェーン内で炭素排出量の削減を行い、自社の炭素排出量を埋め合わせること。


 
 このように持続可能をうたう牛肉の販売が少しずつ増えていくことが予想されるが、食肉調査・コンサルティング会社であるミダン・マーケティング社によると、消費者にとって「持続可能な食肉」とは、抗生剤・ホルモン剤不使用の食肉や、AWに配慮して生産された食肉であるとの認識が強いという(注3)。しかしながら、徐々に持続可能性と気候変動を結び付ける食肉消費者も増えている。同社が21年7月に行った消費者認知度調査によると、食肉と気候変動に関する言葉のうち「炭素隔離」「炭素循環」「再生農業」といった言葉の認知度は低いが、「カーボン・フットプリント」「GHG排出量」といった言葉は認知され始めている(コラム2ー図2)。今後、政府や業界が一体となって気候変動に配慮した畜産物の市場拡大を進めていく中で、消費者意識がどのように変化していくのか注目される。

(注3)海外情報「米国畜産業におけるアニマルウェルフェアへの対応について」https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002306.html)を参照されたい。

 
 
 
 

5 おわりに

 米国では、GHG排出量の削減が取り組まれている中で、乳用牛と肉用牛がメタンの特に大きな排出源となっており、酪農・肉用牛業界に対する風当たりも強い。これら業界は、消費者と投資家からの信頼を勝ち取るためにもメタン排出量削減に取り組む必要があるが、近年の世界的なタンパク質需要の増加を背景に生産量の維持・増加にも取り組まなければならないとしている。また、米政府は気候変動対策に直接的な規制を設けるのではなく、生産者が自主的に取り組むためのインセンティブを付与することを選択し、業界の取り組みを後押ししている。
 気候変動に配慮した牛乳・乳製品や牛肉の市場を拡大する方針で米政府と業界の意向は一致しており、生産者に過度な負担をかけないためにも、生産者の収益多様化や経費削減を前提とした取り組みが今後数年間をかけて進められる見通しである。また、生産者にインセンティブを付与するためには、農場におけるメタン排出削減などの取り組みの定量的評価が必要であり、業界が連邦・州政府や学術機関と農場の橋渡し役となって手法の開発が進められている。
 サプライチェーンや業界関係者、連邦政府や州政府などが一体となって推進するこれらの取り組みの動向には、今後も注視が必要である。
(岡田 卓也(JETROニューヨーク))