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【トップインタビュー】「和食の歴史と食材」

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最終更新日:2014年3月5日

静岡文化芸術大学 学長 熊倉功夫氏に聞く

 2013年12月4日、ユネスコ無形文化遺産保護条約に和食の登録が決議されました。
 和食文化を次世代につなぐため、和食会議の会長を始め多方面で活躍されている静岡文化
芸術大学学長の熊倉功夫氏にお話を伺いました。

―「和食」という言葉を普段なにげなく使っていますが、和食とはどのようなものですか。

熊倉先生
 ご飯と味噌汁、そして、「お菜」(おかず)と漬物。この四つが和食の基本的な献立です。それがあれば、和食と言っていいだろうと思います。それから、お菜をいう場合、「一汁三菜」という言葉は注意<が必要です。つまり意味がわかっていないと、誤解されるんです。昔はみんな銘々膳で、そこに乗るのが一汁三菜でした。それは家庭で食べる料理です。ところがお客様が来た時には、それでは失礼だということで料理を増やしますが、お膳に全部乗り切らないので二つめのお膳を出すんですね。二の膳には汁とお菜が二つ、本膳の一汁三菜と二の膳の「一汁二菜」であわせて「二汁五菜(にじゅうごさい)」。この二汁五菜というのがあって、はじめて一汁三菜の意味が分かりますので、一汁三菜だけが独り歩きしてお菜が三つでなければならぬと思われては困ります。汁とご飯とお菜と漬物という四つの要素からできているのが和食の基本ですね。
 では、和食とはなにかということですが、この要素があれば良いと思うんです。お菜がトンカツでもすき焼きでも和洋折衷で入ってきたものでも。さすがにラーメンになるとご飯と汁にはなりませんけど。そういうことを一つ一つ和食だと定義するよりも、大事なことは食べ方です。箸とお椀を使うということが前提になりますと、あらかじめ、ちぎりにくい料理は一口並みに切ってあります。切ってないものは箸でほぐして食べることができる柔らかさがあります。和食には言葉に出していない約束事があるんですね。
 また、食べる方は、箸を使ってご飯とお菜の量を微妙に食べわけていますよね。日本料理の大事な点は、ご飯と比較的味の濃いお菜を一緒に食べることで、自分で味わいを作っていることと言えるでしょう。お菜とご飯の量、例えば刺身一品食べるとしたら、どのくらい醤油をつけるかということを、お箸ひとつで微妙に調節するわけですね。そこに日本人の繊細さがあると思います。
 皆さんに理解してもらいたいのは、和食とは食べ方あるいは提供の仕方というものが大切で、料理そのものだけではなく「和食文化」という捉え方が重要なのです。

―和食の四つの要素はいつごろできたのでしょうか。

歯の揺らぐ男 (病草紙 京都国立博物館所蔵)
歯の揺らぐ男 (病草紙 京都国立博物館所蔵)
 正確にはわかりませんけど、僕がいつも申し上げるのは、平安時代の終わりごろに「病草紙(やまいのぞうし)」という絵巻物があるんですね。このなかに、歯槽膿漏の男が描かれていますが、いろいろな病気が描かれていて面白い絵巻物ですよ。肥満の女とか夜眠れない男の絵とか、妄想の病とかね。
 そのなかで、歯がぐらぐらして痛くて噛めないと文句を言う男がいるんですね、奥さんがどれどれといって口の中をみている絵です。絵では食事が置いてあって、それは「折敷(おしき) 」という足のないお膳です。足がないということは、お膳として一番格が低いということです。足が高くなるほど、お膳としての格が高くなります。「三方」とか「高坏(たかつき)」とかですね。板に縁が付いてるだけのお膳が使われているということは日常の食事だということですね。そこに、ご飯と汁とお菜が三つ乗っています。下級官吏くらいの生活だと思いますが、少なくともその絵で見る限り、一汁三菜で食事をしているんですよね。この頃から、日本人は飯と汁と菜と漬物という組み合わせの食事が始まっていたのではと私は思っています。

―日本の食文化の基本的な要素は、平安時代から続いていると。

 私はそう思いますね。特に食文化が大きく変わってくるのは鎌倉時代以後です。中国との交流が盛んになって、禅宗が入ってくると、当時最新だった宋代の文化が日本にどっと入ってきます。特にその中に粉食があるんです。
 もちろん、その前にも粉はありましたが、石臼が普及してなかったんです。そこへ石臼が入ってきて、小麦粉の文化として麺類が発達します。それが禅宗の麺の文化で、鎌倉から室町にかけては、禅宗というものが精進料理を大きく発展させた力だと思います。さらに、室町時代になりますとバリエーションが出てくるようになり、本膳料理の形式ができてきます。

―国産の食材の重要性についてはいかがですか。

 もう、日本の料理は食材そのものなんですね。余計なものを付け足さない、素材の持ち味を一番活かし、素材を大事にする料理といえます。
 和食が危機だということは、自給率の低下にも現れていますが、和食で一番大事なのは身の回りのものを食べるということです。極端に言えば、裏の畑で取れた物を食べるのが和食なんです。昔風にいえば一里四方で手に入るもので生活が成り立っているということです。すると、氏・素性のはっきりしたものが食べられるわけですよね。
 これだけ自給率が下がってきて、大量の外国産が食の世界にはいってきますと、結局、食と人間の関係が非常に希薄になってくると思うんです。そういう濃密な関係が失われていることが食料廃棄800万トンという数字だと思うんです。和食を保護し継承していく運動というのは、ある意味で日本の環境を守ることでもあると思います。

―日本の食文化を守るため、さらに必要なことは何でしょうか。

 ひとつは安心安全ですね。 それと、やはり、日本の和食に誇りをもつということです。世界的にみても日本の自然環境は素晴らしいということを、もっと学校で教える必要があると思います。
 日本は南北に長いので、それだけ自然環境にバリエーションをもっています。日本には国土に 70 %以上の山地がありますが、荒れ山はどこにもなくて、全部、緑で覆われています。海は、寒流と暖流が入り混じってちょうど素晴らしい漁場になっています。これほど、海、山、里に恵まれた環境のなかから生まれた豊富な食材を持った国はどこにもないと思います。
 そういうことに対する誇りを子どもの時から教えていかないといけないんですね。そういうところからの命を頂いていますと、自然に対する謙虚な気持ちが生まれてくるわけです。自然の命を頂くことに対する「いただきます」という感謝の気持ちがないといけません。「いただきます」を作った人に対するお礼みたいに受け止めている方もあるようですが、そうではありません。
 ただ、日本人が昔から言っていた訳ではなく、皆が言うようになったのは近代です。むしろ近代っていう時代が日本の食文化を非常に高めたんです。
 なぜかといいますと、江戸時代から昭和初期までは箱膳ですから、一斉に食べ始めるわけではありませんでした。ところが「ちゃぶ台」が登場して、家族が小さくなって、その家族が父親を中心に一斉に食事をはじめて一斉に終わるという中で「いただきます」、「ごちそうさま」が定着しました。食は食べる楽しみの場ではなくて躾の場だったんですね。
 食卓の中から生まれた近代家族は、1970年代以降衰退してしまいました。そこがいまの和食の衰退と深い関係があるんですね。

―和食の多様性は、食材だけではないということでしょうか。

 日本の食材というのは、「なるべく手をかけないほうがいいんだ、素材の味を活かすんだ」と言いますが、逆にその味を生かすために最終的に味を調えるのは醤油と味噌です。これは、作るのにすごく時間がかかるんです。昔でいえば、半年くらいかかかるんですよね。調味料に時間をかけて作るという文化は、海外にはあまりないんです。言い換えれば、食材を活かす文化とセットになっているのだと思います。
 基本的に和食というのは身の回りの物を食べるということですから。身の周りの環境がこれだけ南北に長いと変わってくるわけですからね。それが郷土料理だと思います。これからは、郷土料理というものが和食文化を再生させていくためのひとつの鍵になると思うんですね。

―食育は多くの方々が取り組んでいますが、いかがでしょうか。

 難しいですよ、家庭が崩壊していますから。今、考えているのは食を通して家庭を再建できないかという話なんですね。一緒に食事をするということを通して、その失われた絆とかコミュニケーションが再生できる可能性があるのではないかと思います。今度のTPPも、その辺を飛ばしてしまいますと、ますます食材を外国から輸入して、自給率が下がってきます。国内の食料生産というものが壊滅状態になったときに、何が失われるかということですよね。
 和食というのは…お箸を使うということは、手先の良い訓練になるんです。実際、五本の指で箸を扱って食べる、茶碗でもお椀でも手に持って食べる。日本人のこういう習慣が大切です。お椀のもっている温かさや、唇に触れたときの塗り物の柔らかい唇の感覚、こういうものが、日本人の繊細さにつながってくるんですね。
 これを忘れてしまいますと、ある意味で日本人のアイデンティティが失われるということになるんですよ。(了)
公立大学法人 静岡文化芸術大学 学長
文学博士
熊倉 功夫(くまくら いさお)
熊倉先生プロフィール
1971年3月 東京教育大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学
1989年2月 筑波大学教授
1992年4月 国立民族学博物館教授
2010年1月 静岡文化芸術大学学長
2010年    農林水産省食料・農業・農村政策審議会会長
2011年   「和食」文化の保護・継承国民会議(和食会議)会長
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