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【トップインタビュー】福島の「食」を世界へ 〜グローバルGAP認証取得品目は高校日本一、岩瀬農業高等学校の取組〜

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最終更新日:2020年5月13日

福島県立岩瀬農業高等学校校長 渡辺 譲治 氏に聞く

 東京オリンピック・パラリンピックの期間中、選手村等で提供される食材は「国際基準を満たしたGAP 認証」を受けていることが基本とされたことで、GAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理)が注目を集めています。GAP の推進に力を入れ、国内の高校として認証を受けた品目数が日本一を誇る岩瀬農業高等学校の渡辺校長先生にお話を伺いました。
GAPを取得した梨の畑と生徒たち
GAPを取得した梨の畑と生徒たち

Q.岩瀬農業高等学校について教えてください。

 もともとは1907年に、福島県白河市にある小峰城跡(こみねじょうあと)の門前に郡立農学校として創立され、現在の鏡石町の校舎には1975年に移転しています。敷地面積は実習用のほ場・施設等を含め約42haで、県内の農業高校で最大です。寮生も含めて、県内各地から約670名(令和元年度)の生徒が集まっています。
 6つの学科を設け、農地の整備、農産物の栽培、食品の加工・販売から福祉分野との連携まで、農業を中心に食にまつわる生活の全てを学べるのが、本校の大きな特徴です。実習は、多くは座学の授業を校舎で受けた後、昼休みをはさんでほ場や施設に移動して行います。

Q.どのような農畜産物を生産しているのでしょうか。

 水田ではコシヒカリのほか、近隣の天栄(てんえい)村が食味コンクールで金賞をとった、「ゆうだい21」という品種を作付けしています。園芸は、野菜や花きをハウス・露地で生産するほか、果樹園でりんご、なし、もも、ぶどうを栽培しています。畜産では、現在、乳牛及び繁殖牛と、採卵鶏を飼養しています。
 作物・家畜の世話は普段は生徒が行い、学校が休みの時には代行員に来てもらいます。代行員は、酪農ヘルパーや、近くの農業短期大学校に通う本校の卒業生にお願いしていますが、以前は教員が行っていた時期もあり、自身も搾乳や豚の出産の立会いをしたことがあります。
えがみ

Q.グローバルGAPの取得に取り組まれた経緯について教えてください。

 校長を務めた前任の農業高校でJGAP(※1)を取得した経験を生かして、2018年に当校に着任して早々に、グローバルGAP(※1)取得に向けた取組を始めました。教員との面談等を通じて合意を得て、コンサルタントの方に指導をいただきつつ、毎週学科長を集めて進捗状況を確認しながら進めました。
 2018年に米・りんご等6品目、2019年にだいこん・じゃがいも等5品目でグローバルGAPを取得しましたが、品目を選ぶに当たってはまずは米を、そして福島県なので果樹も入れようと考えました。グローバルGAPの審査時には収穫物が必要なことから、初年は審査のある11月に現物があるりんご、さらには施設栽培のきゅうりやバジルを対象にし、2年目は露地物のだいこんなどに広げました。
 このようにグローバルGAPに取り組む中で、これは絶対にやらなければいけないと思うに至った出来事がありました。本校では、国際交流でオランダへの生徒の派遣を行っており、前回は2018年秋に実施しました。自身も引率で同行しましたが、現地の農業カレッジの学生との意見交換の中で「福島県の食品が危険だと思うか」と尋ねたところ、全員が手を挙げ、非常にショックを受けました。これをきっかけに、ヨーロッパで当たり前となっているGAPが、福島県にある本校にとっては特に重要だという意識を強く持ち、校内への浸透を図りました。

(※1)グローバルGAP及びJGAPについては、外部寄稿ページ参照。
 

Q.グローバルGAPの取得に取り組んだことでどのような変化があったでしょうか。

 まず、地元においてGAPの認知度が向上したと思います。地元の農家から、本校にグローバルGAPの取得方法を教えてほしいという要望が寄せられるようになりました。特に福島県産の農産物についての風評被害に対抗するツールとしても有効です。日本の農家もGAPの取得を当たり前のこととして考えるようになるべきと思います。
 そのために、高校生が主体的に動くことで大きな役割を果たせると思っています。GAPの取得という成果はもちろん、その過程で様々な経験をしたことで、生徒の意識が変わったと思います。2019年のグローバルGAP審査時には、スリランカから来た審査員に対し、通訳を交えつつも生徒自ら説明を行いました。
 東京オリンピックに関連した「GAP食材を使ったおもてなしコンテスト」(※2)にエントリーし、GAP認証を受けた食材を使った料理をハンガリーの水泳選手に試食してもらう機会を得て、2020年の3月に入賞することができたのも、生徒の自信につながりました。
 生徒たちには学校外の人とも多く接する機会を得て、社会に出てほしいと思っています。基礎となる知識は学校の教員から教わる必要があるにせよ、それを応用するためのノウハウは学校外の人との交流の中でこそ身につくものです。これもオリンピック関連イベントが縁で、レストランや結婚式場を運営する東京の企業との間で2019 年11月、人材育成のための連携協定を締結しました。具体的な取組はこれからですが、企業の調理担当者が来校して生徒に調理の講習を行ってもらい、逆に米の収穫作業を体験してもらうといった交流を始めています。

(※2)東京オリンピック・パラリンピック推進本部が主催した、全国の高校等とホストタウン?治体の共同チームが、GAP認証を取得した ?材を使って相?国選?をもてなす料理メニューを競った催し。
えがみ

Q.「おもてなしコンテスト」への参加はどのように行われたのでしょうか。

 ハンガリーのホストタウンである郡山市と共同で参加したのですが、同市はもともと養殖鯉の生産量全国1位で、鯉を使った地域活性化に力を入れています。ハンガリーでも淡水魚を食べる文化があることから、本校で生産したGAP認証農産物をはじめその他GAPを取得した地元食材を使用し、鯉を中心としたメニューで参加することになりました。
 メニュー開発にあたっては、ハンガリーの水泳選手が2018年に郡山市で合宿を行った際に宿泊したホテルの総支配人からレクチャーを受けて生徒が料理を考案し、調理専門学校の教員にレシピ化してもらいました。その結果本校で開発した鯉のソーセージ等を使用し、コシヒカリで巻いた「ハンガリーロール」や、同じく本校のGAP食材であるきゅうりやりんごを使ったスムージー等のメニューが決定しました。「ハンガリーロール」は、パプリカでハンガリー国旗を模するという生徒のアイデアも加わって最終形が完成しました。これらの料理を試食していただいたところ、大変好評でした。コンテストの審査前でしたが、オリンピアンに試食していただいたことで、校内は盛り上がっていましたね。
 本校で用意できない食材の調達等についても郡山市はじめ県内関係者からのサポートがあり、皆が協力して良いものを作り上げた結果、コンテストで48チーム中の上位9チームに入り、事務局長賞を受賞することができました。
鶏

Q.今後のGAPへの取組について教えてください。

 今後も認証品目を増やす予定です。畜産についても酪農、採卵鶏、和牛の3つでの取得を考えていますが、畜産分野のグローバルGAPはアニマルウェルフェア(※3)の基準を満たす必要があり、現在の本校の飼養実態にはそぐわない面もあります。このため、まずはJGAPを目指しています。また、園芸分野では、施設栽培のトマトや露地栽培のねぎなどでのグローバルGAP取得を考えています。特にねぎは地元須賀川(すかがわ)の「源吾(げんご)ネギ」と呼ばれる特別な品種を栽培しており、GAPの対象にできないかと考えています。
 多くの品目でGAP認証を取得すれば、生徒が卒業後に地元に戻ってその手法を広めることもできますし、進路の中でその知見を生かせる機会や選択肢が増えるかもしれません。福島県産の農畜産物に対する海外の見方もまだ厳しいことから、多くの品目でGAP認証取得のモデルを示すことが、生徒のため、ひいては地域のためになると考えています。

(※3)家畜のストレスをできるだけ少なくした、健康的な生活を実現するための飼養方法。例えば養鶏では、ケージ飼いであるとグローバルGAPの基準を満たさない。

Q.最後に、農業従事者の育成についてのお考えをお聞かせください。

 栽培方法等の技術的な知識のみならず、経済的に「儲かる農業」とはどういうものかを教える必要があると考えます。おいしい農畜産物を生産したなら、次にどのように販売していくかについて学ぶことが重要となるでしょう。本校で言えば、アグリビジネス科で農畜産物を商品化して販売する農業の6次産業化について教えていますが、より企業経営のスキルを体得できるカリキュラムにしたいというのが個人的な意見です。理想としては、作った商品をBto C の取引で売っていくための戦略をアグリビジネス科で教え、そのノウハウを他の学科に波及させられれば最高ですね。高校3年間でそれを身につけたら、卒業後ベンチャーを立ち上げる所までいけるかもしれない。
 震災翌年校長を務めていた高校が原発事故で避難した経験から、農業高校として地域とのコンタクトを持つことの重要性を痛感しました。そのため教員には「犬も歩かなければ棒にも当たらない」と伝えていますが、学校の運営においてもトップである校長自らが行動し、学校を宣伝することが必要だと思っています。自身も、震災後の支援に来られた経済団体の方に指摘を受けてPRの重要性に気づいたのですが、今は生徒募集用の動画を自作するほか、学校のホームページの運営についても自ら指導しています。校内の活動や生徒の頑張りを発信し、理解を得ていきたいと思います。
 日本の農業は、離農者や耕作放棄地も増加していますが、逆に大規模化して収益を上げるチャンスでもあると思います。そこでの情報の分析・発信や経済活動としての農業を学ばせるには、やはり学校の中だけでなく、外部の様々な人から生徒が刺激を受けられるようにすべきとの考えでいます。
江上先生
福島県立岩瀬農業高等学校
校長
渡辺 譲治(わたなべ じょうじ)氏

1959年生まれ。福島県出身。
宇都宮大学農学部卒業後、同大学院修士課程修了。
福島県内の高等学校において教鞭を執り、福島県立双葉翔陽(ふたばしょうよう)高等学校、
小野高等学校、磐城農業高等学校において校長を歴任した後、
2018年4月より福島県立岩瀬農業高等学校校長に就任。
2020年3月をもって定年退職を迎え、2020年4月より同校環境工学科常勤講師。

※本インタビューは令和2年3月19日に実施しました(肩書はインタビュー時のものです)。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 企画調整部 (担当:広報消費者課)
Tel:03-3583-8196