消費者コーナー 「食」の安全・安心や食育に関する情報、料理レシピなど

ホーム > 消費者コーナー > 広報誌 > 【トップインタビュー】2021年は国際果実野菜年〜新たな農業食料システムの構築に向けて〜

【トップインタビュー】2021年は国際果実野菜年〜新たな農業食料システムの構築に向けて〜

印刷ページ

最終更新日:2021年5月10日

国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所長 日比 絵里子 氏に聞く

国際果実野菜年
 2019年に開催された第74回国連総会において、2021年が「国際果実野菜年」と定められました。日本においても、食料の問題や課題などについて考える機会となることが期待されています。国際果実野菜年の担当機関として他機関と連携して啓発活動などを実施する国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所 日比 絵里子事務所長にお話を伺いました。

Q.国際連合食糧農業機関(以下「FAO」という。)について教えてください。

図
 FAOは、1945年に設立された世界の農林水産業の発展と食料安全保障に取り組む国連の専門機関であり、現在196の国及びE‌Uが加盟しています。
 食料安全保障の実現に向けた取り組みというと自給率に関するものと思われることが多いのですが、図にあるように、食料安全保障には供給・アクセス・利用・安定という4つの要素があり、全てについて課題を解決しなければなりません。
 FAOでは、こうした食料安全保障を実現するために、生産から消費に関連する全ての活動を対象とする農業食料システムを改善することに非常に重点を置いていることを強調したいと思います。

Q.農業食料システムについて教えてください。

 農業食料システムは、食料生産のみならず、消費者の手元にきちんと食べ物が届くまでに影響を与える集荷・輸送・貯蔵・加工・流通・調理と消費・廃棄物や関連規制の制度・活動など全てを含みます。食料安全保障という考えは以前からありましたが、農業食料システムとして包括的に考えるようになったのはここ最近のことであり、私自身も2つの経験から、近年、その重要性を改めて認識するようになりました。
 1つ目は、シリアにおける経験です。シリアでは、国内にいる人々が自分自身で食料と栄養を確保できる状況に改善するという観点から食料支援を行っていました。食料支援というと、国連世界食糧計画(WFP)が行うような食料そのものを現地に持っていくようなイメージを持たれることが多いですが、紛争地域などにおいて食料を生産したい、生産できる人たちに対して、安全に生産、加工をして輸送ルートを確保し、消費者の手に届けるための支援を行っていました。
 2つ目は、大洋州島しょ国における経験です。通常の島以外に環礁と呼ばれる一般的な農業ができないような場所もあり、農業生産が限られています。漁業が行われており魚は獲れますが、輸入に依存しなければ生活が難しい状況を実際に目の当たりにし、非常にショックを受けました。こうした島しょ国では、輸入ができない状況下において何を食べるのか、ということが危惧されます。実際に、今回の新型コロナウイルスの感染拡大で顕著となり、輸入代替や他に持続可能な形で消費できるシステムを作る必要がありますが、現在の大洋州島しょ国における生産体制はもちろん、輸入元である各国との距離や、輸送ルート、関係性など各種課題を解決する必要があります。
 どちらの問題も様々な課題が影響し合うため農業食料システムとして考えることが不可欠ですが、場所や国などによって課題が異なるため、食料安全保障の実現方法について簡単に答えが出ないのだと思われます。また、上記で挙げたシリアや島しょ国における状況の背景には、気候変動といった環境、生態系の問題など長期的な課題があります。新型コロナウイルスの感染拡大によってこうした環境問題の重要性が薄まったとみられることもありますが、むしろ新型コロナウイルス感染症終息後により良い世界を目指すためには、持続可能性を抜きには農業食料システムを改善することはできないと思います。

Q.駐日事務所ではどのような活動をされているのでしょうか。

 日本は1951年にFAOに加盟し、日本とFAOの連携をさらに強化するために1997年に駐日事務所が設立されました。FAOの活動として発展途上国への技術協力などがありますが、日本は発展途上国ではないため駐日事務所で技術協力などは行っておらず、日本政府との連絡調整を行うほか、飢餓や貧困問題などについて理解を深めてもらうための広報啓発活動、大学など教育・研究機関や民間企業との連携の促進を行っています。例えば、例年10月16日の世界食料デーに合わせてイベントを開催したり、重要な報告書の発行時に日本でセミナーを実施したり、学校で講演・講義などを行っています。
 私は、昨年9月に駐日連絡事務所の所長として赴任しました。飢餓や貧困というと日本はあまり関係のないイメージもあったかと思うのですが、昨年は新型コロナウイルスが経済などに様々な影響を与え、食料問題、栄養問題といったことについて日本も無縁ではないと感じられた方もいるのでないのでしょうか。これは残念なことではありますが、近年は日本で食料ロス・廃棄などの問題も注目されており、飢餓などの課題について日本で知っていただく機会であるとも考えています。

Q.世界における飢餓や栄養問題について教えてください。

 この問題は、持続可能な開発目標(SDGs)でも目標2「飢餓をゼロに」に位置付けられ、FAOでも特に重要であると考えています。現在、世界の全ての人を養うだけの食料自体は生産されていますが、世界で約6億9000万人以上、約11人に1人が栄養のある食料を十分に入手できない状況であり、世界の飢餓人口は過去5年間で約6000万人も増加しています。 
 また、深刻なのは、栄養価の高い食料を十分に入手できない人が世界で約30億人いると言われていることです。この30億人には、カロリーは足りているけれど必要な栄養価が不足している人も含まれます。以前は肥満というと食べ過ぎや運動不足など、個人の行動様式の問題だと言われていましたが、1975年以降の肥満人口は約3倍になり、世界の全地域で増加しています。これらの背景には、健康的な食事の価格はエネルギーを満たすだけの食事の約5倍であるという経済的・構造的な問題があると考えられており、健康的な食事、栄養バランスの取れた食事については、農業食料システムを改善するという課題の下で重要視されています。
SDGs

Q.それは2021年を国際果実野菜年と定められた背景になるのでしょうか。

 その通りだと思います。先述した通り以前のような単なるカロリーの過不足という点のみならず、食事において栄養や健康にも重点を置く必要があり、野菜や果実には栄養・健康面で利点があると考えられます。しかし、国や場所によっては野菜や果実を買えない状況であったり、高価であったり、種類がない、いつでも入手できないなどという課題を抱えているところが非常に多いです。また、野菜や果実はもともと長期保存が難しいですが、国際果実野菜年と定めた2019年当時と違い、新型コロナウイルスの影響で、サプライチェーンに乗れずに消費者の元まで届かないことや、どこかで余って廃棄されるといった問題も発生していることから、本年が国際果実野菜年であることは重要だと考えます。 
 この国際果実野菜年の機会に、各国政府には重大な政策課題として取り組んでほしいですが、F‌AOとしても、各国内で野菜・果実の生産・種類が増え、価格が下がり、かつ生産者にとって生計を立てやすい体制をとるために国の担当機関と協力しながら進めていくことになると思います。

Q.駐日事務所としては国際果実野菜年にあたってどのような活動を予定されているのでしょうか。

 具体的な活動内容は未定ではありますが、国際果実野菜年を1つのキャンペーンとして、その背景にある様々な問題について発信していきたいと考えています。個人的な話ではありますが、太平洋島しょ国から日本に来て最も驚いたのは野菜の種類の多さやおいしさ、価格であり、日本は多種多様な野菜・果実が比較的安価に手に入る状況にあると思います。こうした日本においては、国際果実野菜年の機会に、栄養・健康上のバランスの取れた食事が重要であることはもちろん、世界的に見た場合、野菜や果実は場所や時期によって入手できない状況であり、それが飢餓や栄養不良、肥満といった栄養問題につながっているという事実を広く伝えたいと考えます。
 また、今回の新型コロナウイルスの感染拡大で人畜共通感染症への懸念も高まり、ワンヘルス(One Health)と呼ばれる環境・人・動物を大きく1つの健康と捉えて考えていこうとしています。例えば、野菜・果実の生産に対しても、気候変動や生物多様性の損失、害虫・疫病の脅威が広がっております。他方、日本は多くの食料を輸入しており、世界への環境負荷軽減についても考える必要があります。加えて、健康的な食事に不可欠な野菜・果実の消費を奨励し、同時に野菜・果実含め、食料ロス・廃棄の削減も必要です。従って、持続可能な農業食料システムを構築するために、解決しなければならない生産、輸入、消費、廃棄に関する課題点に注目してもらう機会としたいです。

Q.最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

 繰り返しにはなりますが、農業食料システムという概念が今後重要になってくるということをお伝えしたいです。今年は国連が主催する食料システムサミットが9月に、日本政府が主催する栄養サミットが12月に予定されていることから、農林水産省との連携・協力を一層強化したいと思います。
 また、FAOでは、2002年から、国際的に顕著な特色を持ち、次世代に引き継ぐべき農業生産システムを世界農業遺産(Globally Important Agricultural Heritage Systems(GIAHS))として認定する事業を行っています。この場合の農業生産システムとは、単に農業生産活動だけでなく、その技術や文化風習などさまざまな要素で構成されます。ユネスコで採択されている世界遺産のような保護・保存のみならず、世界農業遺産は新しい発展も目指しており、日本の伝統的・近代的なものを融合させながら農業技術や文化を継承していく姿が注目され、11カ所(2021年3月現在)が世界農業遺産に認定されています。日本は農業に関してFAOのプログラム対象国ではありませんが、先進国や発展途上国という括りに関係なく、世界農業遺産について知見の共有などの交流もできるのではないかという、非常に新しい形を示したと思っていますし、日本が世界に対して発信できることだと考えています。
 今後、国際果実野菜年や国際的なサミット、世界農業遺産などをきっかけに、様々な情報発信をしていく予定です。FAOでは、各種研究成果や技術委員会における報告書などを公表しているのですが、日本における認知度は低いと感じています。今後は可能な限りそういった報告書を日本語で発信して日本の皆様にも届けたいと考えていますので、この機会にぜひFAOの情報をご利用ください。
日比氏
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 企画調整部 (担当:広報消費者課)
Tel:03-3583-8196