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【トップインタビュー】祝・世界自然遺産登録 奄美の自然と農業を未来へ

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最終更新日:2021年11月4日

鹿児島県大島支庁長 印南 百合子氏に聞く

奄美群島の島々
 奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島は、2021年7月26日に世界自然遺産に登録され、国内外から注目が集まっています。奄美大島や徳之島では、台風や干ばつに強いさとうきびと肉用牛や野菜などとの複合経営が盛んで、農業が島の経済や雇用確保に大きな役割を果たしています。今回は、奄美群島を所管する鹿児島県大島支庁の印南 百合子支庁長に、農業振興の取り組みや今後の展望について伺いました。

Q 奄美群島の概要について、教えてください。

図1奄美群島の島々
 九州本土の南に点在するトカラ列島と沖縄諸島の間に位置する奄美群島には、今般、世界自然遺産に登録された奄美大島と徳之島に加えて、加計呂麻島(かけろまじま)、請島(うけしま)、与路島(よろしま)、喜界島(きかいじま)、沖永良部島(おきのえらぶじま)及び与論島(よろんじま)の8つの有人島があります(図1)。これらの島々が、東西約162km南北約168kmの広範囲に連なり、豊かな自然を形成しています。奄美大島と徳之島は急峻な山稜性である一方、喜界島、沖永良部島及び与論島は主にサンゴ礁が発達した低平な段丘状を形成しており、島により地形が異なります。気候は亜熱帯・海洋性で、年間平均気温は20℃を超え、降水量は約3000mmと、四季を通じて温暖多雨な地域です。
 2010年の国勢調査によると、奄美群島の人口は約11万人、うち就業者数は約5万人です。産業別の就業人口割合は、第1次産業が15%と国の平均約4%を上回っています。

Q 世界自然遺産登録までの道のりについて、教えてください。

 2003年に奄美群島が世界自然遺産の候補地として選定されてから、今回登録されるまで、実に約18年を要し、その道のりは平坦なものではありませんでした。登録が具体化に向かったのは2017年に政府が世界遺産登録推薦書をユネスコ世界遺産センターに提出してからですが、2018年5月には、国際自然保護連合(IUCN)から「記載延期」の勧告を受け、いったん推薦が取り下げられました。その後、2019年2月に再推薦を行いましたが、2020年は新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響を受け、世界自然遺産委員会の開催が1年延期。ようやく2021年7月26日、奄美大島と徳之島の生物多様性が世界の宝として評価され、世界自然遺産に登録されました。

Q 奄美群島の農業の特徴について、教えてください。

 奄美群島の農業は、さとうきびが基幹作物であり、野菜、果樹、花きといった園芸作物や肉用牛を組み合わせた複合経営が行われています。また、各島の特産品を活用した加工品の生産など、農業の高付加価値化が積極的に進められています。

(1)さとうきび
 さとうきびの栽培農家戸数は全農家戸数の約7割、栽培面積も全耕地面積の5割以上で、産出額は、奄美群島における農業産出額の約4分の1を占めています(図2)。さらに、奄美群島内には製糖会社5社6工場のほか、42の黒糖工場があり、製糖、運搬、食品加工などの幅広いさまざまな業種が関わっていることから、さとうきびの生産は地域経済にとって非常に重要な役割を担っています。

(2)肉用牛
 近年、台風や干ばつに対する防災営農(注1)やさとうきびの副産物である梢頭部(糖度の低い頂上の部分)などの飼料利用といった観点から、肉用牛の繁殖経営(注2)が盛んになってきています。飼料を自給するための基盤整備や繁殖雌牛の増頭などが進められ、2019年の繁殖雌牛の飼養頭数は約2万1000頭となっています。産出額も農業産出額の3分の1以上を占め、県内でも有数の肉用牛の産地です。

(3)野菜
 野菜は、冬の温暖な気候を活かした産地づくりが進められ、奄美群島における農業産出額の約2割を占める重要な品目です。野菜の栽培面積・産出額ともに約8割を占めるのがばれいしょで、徳之島や沖永良部島を中心に生産され、県の「かごしまブランド」に認定されています。そのほか、さといも、かぼちゃ、さやいんげんなどが栽培されています。

(4)その他(果樹・花き)
 野菜以外の園芸作物では、たんかん、マンゴー、パッションフルーツなどの果樹栽培とともに、2020年に地理的表示保護(GI)制度に登録された「えらぶゆり」をはじめキクやソリダゴなどの花きの生産も盛んです。

(注1) 台風などの災害による農作物の被害を防ぐ施設の利用などを行う農業。
(注2) 肉用牛経営には、大きく分けて、母牛(繁殖雌牛)に子牛を生ませて約9カ月齢で販売する「繁殖経営」と子牛を購入して育てて販売する「肥育経営」があります。
図2 主要作物の栽培面積と農業産出額の割合(2018年度)

Q 新型コロナウイルスの感染拡大は、農業に影響を与えていますか。

 農畜産物の品目別に見ると、肉用子牛価格は、新型コロナウイルスの感染拡大後の2020年春ごろに落ち込んでから、約半年をかけて、感染拡大前の水準まで価格を戻しています。一方、花きは、主要品目のユリやキクなどがコロナ禍の冠婚葬祭需要の減少などにより深刻な影響を受けているため、輸出など新たな仕向け先を開拓する必要があります。
 他方、さとうきびや砂糖は、価格調整制度の仕組みにより、コロナ禍にかかわらず安定した生産・流通体制が維持されています。
砂糖の価格調整制度
 砂糖の原料となるてん菜とさとうきびは、それぞれ北海道、沖縄県及び鹿児島県南西諸島における基幹作物として地域経済の重要な役割を担っています。一方、国内産糖と輸入糖には大幅な内外価格差が存在します。この解消を図るため、価格の安い輸入糖などから調整金を徴収し、それを財源として、さとうきびの生産者やてん菜糖、甘しゃ糖の国内産糖製造事業者に支援を行う砂糖の価格調整制度が設けられています。
 詳しくは(動画)日本の砂糖制度をご覧ください。
(左上から時計回りに)奄美群島で生産される肉用牛・ばれい しょ・えらぶゆり・マンゴー 提供:JA 鹿児島経済連(右上)

Q 農業の担い手の育成の取り組みについて、教えてください。

 現在、奄美群島の認定農業者数は約1000人で、新規就農者数が毎年約40人程度ですが、生産者の減少や高齢化が進行しており、担い手の育成・確保が大きな課題となっています。このため、市町村や農協などの関係機関と連携し、就農後のサポートや農地集積などに取り組んでいます。
 なお、沖永良部島では、今年3月に県内初となる特定地域づくり事業協同組合(注3)が設立され、農業法人を含む6業種8事業者の組合員の労働需要に応じて職員を派遣しています。この事例は、農業を含む地域の担い手確保の新たな取り組みとして注目されています。

(注3) 地域人口の急減に直面している地域において、農林水産業、商工業などの地域産業の担い手を確保するための特定地域づくり事業(マルチワーカー(季節毎の労働需要等に応じて複数の事業者の事業に従事)に係る労働者派遣事業など)を行う事業協同組合。

Q 品目別の農業振興の取り組みについて、教えてください。

(1)さとうきび
 近年、生産者の減少や高齢化により適期の栽培管理が行き届かないことが単収の伸び悩みにつながっているため、農作業の受委託体制の構築が求められています。
 例えば徳之島では、令和2年に島内の3町、農協および製糖会社などで組織する生産対策本部が母体となり、「徳之島さとうきび農作業受委託調整センター」が設立され、農作業受委託の調整や圃場管理業務に位置情報と連動した圃場台帳システムを活用しています。また、奄美市や喜界町では、収穫や株出し管理、新植などの作業が重なる3〜4月の労力を分散するため、夏植え体系(注4)を拡大するとともに、植付け作業の機械化も進められています。今後とも、地域の実情に応じた安定生産体制の構築とその維持を図っていきたいと考えています。

(2)肉用牛
 飼養頭数の増加で経営規模の拡大が進む一方で、地域の労働力が限られることから、いかに作業負荷の軽減を図っていくかが課題となっています。このため、大規模経営については、分娩監視システムや牛群管理システムなどのスマート農業技術の導入を推進し、収益向上や競争力強化を図っています。

(3)野菜
 野菜については、需要の拡大とともに台風や干ばつなど自然災害の影響を最小限に抑えた営農による生産の安定が課題です。特に、ばれいしょは、県内外の産地とのリレー出荷の一端を担っていることから、「定時・定量・定質化」の産地づくりを推進していくことで、大消費地での認知度向上や有利販売を目指しています。また、国の事業も活用し、畑地かんがいや防風対策施設の整備、輸送コストの一部助成など行い、地理的条件の不利性の改善に取り組んでいます。

(注4)さとうのきびの栽培型の一つで、苗を8月から9月に植付け、翌年の12月から翌々年の3月に収穫する。

Q 今後の奄美群島における農業の展望を聞かせてください。

アマミノクロウサギ(上)とタン カン(下) 提供:環境省奄美野生生物保 護センター(上)
 世界自然遺産の登録を目指して、自然環境の保全や野生生物の保護を進めてきたこともあり、奄美大島や徳之島に生息する国の特別天然記念物アマミノクロウサギは増加し、生息域も拡大する傾向にあります。
 それに伴い、アマミノクロウサギによるタンカン苗木の食害などが増加しています。従来のイノシシ用の柵では侵入を防げないため、国や鹿児島大学、市町村、生産者と連携して対策の実証実験などに取り組んでいるところです。
 そのほかに興味深い取り組みとして、徳之島町では、アマミノクロウサギの生態を学びながら、タンカンの幼木に食害防護柵を設置するなどの農業を体験するモニターツアーが開催されています。このように、野生生物と農業の共生を目指した農畜産物のブランド化の取り組みが模索されつつあります。
 また、自然災害や開発行為に伴う河川や海域への赤土流出を防ぐ対策や、家畜排せつ物とさとうきびの搾りかすなどをたい肥化して圃場に還元する耕畜連携などによる環境負荷軽減の取り組みについても、関係者の意識が高まっているところです。
 これまで、自然災害の影響を受けやすく、農畜産物や資材の輸送コストがかかるとともに、大規模化が難しいといったさまざまな地理的不利性がありました。そういった困難は、国や県・市町村の施策や農業関係者・生産者の努力によって克服されてきたところですが、今後は積極的な新しい技術の導入やコスト削減のみならず、端境期の野菜出荷や市場の需要の変化に敏感に対応していくことが重要です。
 さらには、世界自然遺産への登録が、奄美群島の農畜産物のブランド力や価値を高める追い風になると感じています。奄美群島の農畜産物には非常に高いポテンシャルがありますが、認知度がまだまだ低いので、この好機に多くの人々に知っていただき、食べていただきたいです。

Q 最後に、今後どのように奄美群島をPRされていくのか教えてください。

印南百合子氏
 奄美群島には、豊かな自然や魅力ある文化、人と人のつながりなど地域資源が豊富にあります。農業もその一つです。奄美群島の多面的な魅力を発信し、さまざまな産業に波及できるようPRしていきたいです。
 また、奄美群島全島を結ぶ「世界自然遺産 奄美トレイル」(長距離の自然歩道)を設定するなど、奄美ならではの自然と文化に触れあうことができる環境づくりに努めています。多くの方々に観光で訪れていただき、奄美群島の魅力に触れ、食を楽しんでいただくことを願っています。
奄美トレイル(鹿児島県庁HPより)
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